こんな話を授業でした

   第14回  内乱の一世紀 

目次
1ローマ社会の変質と動揺
2グラックス兄弟の改革
3マリウスの軍制改革
4スパルタクスの反乱
5カエサル

1ローマ社会の変質と動揺

  プリントのまとめにはこうあるね。

「長期化する従軍→農地の荒廃→農民=重装歩兵の没落」

ローマは地中海世界を取り巻く大領域国家に発展していくのですが、領土拡大するということは戦争をずっとしているわけです。ポエニ戦争中もマケドニア、ギリシア方面で軍事行動を継続しているんだ。
「長期化する従軍」とあるのはそういうこと。

重装歩兵として出陣する兵士は何年も、戦争に行ってなかなか故郷に帰れない、ということも起こってきます。
ローマ市民権を持つ自作農民たちが武器自弁で重装歩兵となっているのですから、ローマの農民がなかなか帰ってこない、ということでもあるのね。
だから残されたローマの農家では、父ちゃんいない間に残された母ちゃんや爺ちゃんが農作業をしているわけです。
しかし、肝心の働き手がいないですから、残された家族に何か病気とか起こればもうまともに農業が続けられない。
もしくは持っている農地全部を耕作できない、という状況が生まれてきました。

農業をあきらめて離農する者達も出る。彼らは土地を売って生活費を捻出する。
戦争が終わり兵士が帰国してみると、もう土地を手放していて農業が出来ない、ということが起こってくる。
これが「農民=重装歩兵の没落」です。

  自作農が手放した土地を買ったのは誰か。
これが貴族です。
彼らは大土地所有者となり、農場経営をする。この大農場をラティフンディアといいます。
ラティフンディアがどんどん拡大、発展するのが前2世紀後半。

貴族が経営するラティフンディアで働いたのが奴隷です。
ローマは戦争でどんどん勝っていますから、戦利品として捕虜とか被征服民が奴隷としていくらでも連れてこられたんですよ。
いくらでも奴隷はいたし、新しく連れてこられた。家畜より安く手に入るんだね。
只みたいなものだから、奴隷を働かせるのが一番いい。
ろくに食事を与えなくて死んでしまっても気にしない、いくらでも新しい奴隷はやってくる。

史料を見るとひどい扱いが分かるでしょ。これは製粉所の奴隷の例です。
背中にはむち打ちのあとが縞模様になっている。
頭の毛は半分がそり落とされている、と書いてあるね。逃げたときに半分坊主刈りになっているからすぐに奴隷だとばれてしまう仕組みだ。
そして、額には所有者の名が焼きゴテで捺してある。
宿舎は家畜小屋の隣、飲み物は海水で薄めた葡萄酒。海水で薄めてあるのは塩分補給のためです。
まさにモノ言う家畜ですね。

  こういう奴隷を労働力として使ったので、没落した農民が小作農になろうと思っても、ラティフンディアでは雇ってもらえないのです。

だから没落農民たちは家族ごと都市に流れ込んできます。
彼らをルンペン・プロレタリアートという。遊民と訳している。遊んでるのではないよ。やることなくて仕事なくて、放浪しているという意味です。今風に言えば失業者、ホームレス、といった感じ。

ローマ市にやってくれば有力貴族がそれなりに彼らの面倒を見てくれるんです。彼らルンペンは有力貴族の庇護民となり、選挙の時などは貴族のために一肌脱ぐ、そんな関係があるのです。
また、ローマの属州から運ばれた税金、食糧、もろもろの富で、市民権さえあればそれなりの生活は政府から保障されました。

ただ、ローマの中堅市民である農民がどんどん没落すると言うことは、重装歩兵のなり手が減るわけですね。
簡単に言えばこれはローマ軍の弱体化につながる。
領土を拡大してきた強いローマ軍が弱くなってしまう。
ローマはこのままでよいのか、と心ある政治家たちは考えた。

2グラックス兄弟の改革

  ローマの名門貴族出身の若者でティベリウス・グラックスとガイウス・グラックスという兄弟がいました。彼らは例のスキピオの一族でもある名門中の名門です。
このグラックス兄弟が、ローマ農民の没落をくいとめる改革を断行するのです。

最初に改革を試みたのは兄のグラックスです。
彼の政策は非常に筋の通ったモノだったと思います。
ルンペンとなって都市に流入している者達に土地を与えて再び自作農民に戻そうと考えた。そしてローマ軍を再建する。
土地はどこから手に入れるか。
貴族のラティフンディアがある。125ヘクタール以上の土地を占有している貴族からそれ以上の土地を国家に返させる、それをルンペン市民に再分配しようというわけだ。

この政策に平民たちは熱狂します。
しかし、貴族たちは面白くない。農民の没落でローマ軍の弱体化が進むのは心配だけど、自分の土地を取り上げられるとなれば、やっぱり嫌なんですな。
こういうのを総論賛成各論反対なんて言う。
グラックスも貴族だけど、自分の利害より国家の利害を優先させて考えたんだね。

ただ、彼のやり方はかなり強引なところがあって、普通の手続きを踏まず、元老院との相談もなしに、改革を推し進めようとした。
反対派貴族と改革を歓迎する平民の対立でローマは騒然とした雰囲気になる。

  兄グラックスはどんな役職に就いていたかというと、護民官です。護民官は身体不可侵で神聖なのです。だから、反対派も手が出せない、はずなんですが、強行な反対派がゴロツキを雇ってグラックスを襲わせたんです。昔も暴力団みたいなのがあったんだね。
兄グラックスはボコボコに殴られて殺されてしまいます。死体は川に投げ込まれてぷかぷか浮いているところが発見された。

このような非常手段によって改革は潰されました。これが前133年のこと。

弟ガイウス・グラックスは兄の死の10年後同じく護民官になって兄の政策を実現しようとしました。このときも騒然とした雰囲気となって暴動が起こり混乱の中で弟グラックスは自殺して、この兄弟の改革は失敗に終わりました。(前123)

3マリウスの軍制改革

  貴族は大土地所有を守れたから良かったかもしれないけれど、ローマ軍の弱体化をどうするかという問題は残った。
これを一気に解決したのがマリウスの軍制改革(前107)でした。

マリウスというのは将軍として頭角をあらわし、コンスルになった人物です。
ローマの軍隊の基本中の基本は、財産を持ったローマ市民が武器自弁で兵士となって従軍する、というこの一点です。
だから、グラックス兄弟は武器自弁が出来る農民を作りだそうとした。

でもマリウスはこの基本をあっさり捨ててしまう。
「財産ない者が兵士になったっていいじゃないの。」と彼は言う。
しかし、彼らは武器が買えないじゃないか。
「そんな物、俺が買い与えてやるよ。」と彼は言う。

というわけでマリウスはルンペン市民を兵士として採用し、武器を与え、給料も払ってやるんです。その費用は基本的には彼のポケットマネーから出す。
兵士として働ける期間というのはそんなに長いモノではないです。ある程度年をとったら兵士としては引退です。
こういう退役兵に対してもマリウスは面倒を見てやる。ある程度勤めてからやめる兵には土地を分けてやる。そして、自作農民として生きていけるようにしてやるの。

武器自弁の原則を放棄することで、兵士不足は一気に解決して、マリウスはこの新しい軍隊で勝利を続けました。これがマリウスの軍制改革。

  しかし、この軍制改革でローマ軍の質が大きく変化したんです。
武器自弁の農民軍だったときは、兵士はローマ市民の義務を自覚して従軍していた。ローマのために戦ったわけですね。
ところが、マリウスの兵はどうか。彼らの気持ちの中で、ローマのために、ローマ市民の義務として、という意識は小さくなる。それよりも「自分を雇ってくれているマリウス将軍のために」という気持ちの方が大きくなる。
また、マリウスもそれを意識して兵士をてなづけていきます。
こういう現象を軍隊の「私兵化」という。

私兵の軍事力を背景にして、マリウスのローマ政界での発言力は重みを増す。
また、選挙の時には彼の兵士たちがマリウスに投票してくれるわけ。兵士はみんな平民ですから、平民会でマリウスをローマ政府の役職につけることが出来るのですよ。

これは、自分の政治勢力を伸ばしたいという貴族政治家にとっては上手いやり方だね。
のちに多くの野心家たちがマリウスのやり方を真似ることになります。
そして、私兵を養った将軍同士の内乱が続いてローマは混乱の時代を迎えます。

  グラックス兄弟の改革から100年間を「内乱の一世紀」とよびます。
前91年から前88年には、イタリアの都市がローマ市民権を求めてローマに反乱を起こします。同盟市戦争という。ローマはローマ市民権をイタリア諸都市に与えることでこの戦争を終わらせました。

続いて前88年から前82年まで、マリウスとスラという将軍の抗争が起こります。スラは大金持ちの貴族で多くの私兵を養っている。同じローマの将軍同士がローマ兵を率いて戦いあうわけです。スラは軍隊が決して入城することが許されなかったローマ市内に乱入したりした。

ローマの指導者集団である元老院は何をしていたかというと、この二人の将軍の抗争に振り回されるだけでこれを解決できなかった。元老院の権威がだんだん低下します。

ちなみにマリウスは平民派、スラは閥族派となっていますね。
平民派というのは、公職に就くときに平民の支持を背景にしていたということ。
閥族派は貴族勢力を背景に公職を目指していたものだと理解しておいてください。
政治的な考え方に違いがあるわけではありません。


4スパルタクスの反乱

  またこの時期に奴隷反乱も起こっています。
前139~前131年と前104~前99年にシチリア島で奴隷反乱。数万規模の大きな反乱だったようです。

  前73~前71年には有名なスパルタクスの乱。
スパルタクスは剣奴でした。
奴隷といってもいろいろな奴隷がいたんですね。特別な能力がなければラティフンディアで農作業。中には賢い奴隷もいる。ギリシアもローマに征服されましたから学者の奴隷なんていうのもいるわけですよ。こういう者は貴族の家で子供の家庭教師などをさせられる。顔のきれいな少年少女は貴族の家で主人の身の回りの世話をやらされるわけだ。
特技や能力によって奴隷にも違いがあった。それで、その中でも変わっているのが剣奴です。戦争捕虜などで肉体的能力が抜群の者が剣奴にさせられる。

剣奴は真剣勝負の殺し合いをさせられる者達です。今で言えば、ボクシングやプロレスみたいなものでローマ市民たちがその決闘を見て熱狂する。
強くて人気のある剣奴はスター扱いですが、負ければ死んでしまうかもしれないんですからね。現在の感覚からすれば、すごく残酷なものです。

  ローマの都市では競技場があって剣奴の試合が頻繁に行われていた。
剣奴の試合を開催するには大層お金がかかる。数日かけて何十番もの取り組みをしたりするんです。この金を出すのが、町の有力者、貴族たち。試合を楽しみに見に来るのが一般市民、つまり平民だね。
有力者はなぜこんなことをするかというと、人気取りなんです。
平民にサービスをする見返りに、選挙で投票してもらって公職につこうというわけ。

剣奴は興業があるとあちこち連れて行かれて試合をさせられました。
ついでに、試合のことを話しておきます。
試合では必ずどちらかが死ぬまで戦うわけではない。
怪我をするとか、剣を取り落としてしまうとか、戦闘不能になって勝負がつく場合がある。
とどめをさすのかどうか。勝った剣奴は主催者を見るのです。主催者は競技場につめかけた観客を見渡す。この時に観衆が親指を立てて拳を突き出せば、「そいつは負けたけど、立派に戦った。命は許してやれ」という合図。主催者も親指を立てて、勝者はとどめをささない。敗者は怪我の手当などを受けて助けられる。
逆に観衆が親指を下に向けたら、「そいつは助けるに値しない。殺せ」という意味。主催者も同じ合図を送る。勝者は敗者にとどめをさして殺してしまうの。
残虐さということについてはローマ人は結構麻痺しているね。
あと、猛獣と剣奴の戦いとかも行われました。

当然のことですが、試合はワザの優れたもの同士の戦いの方が面白いよね。
そこで、剣奴たちは訓練を受けていたのですね。試合のない時は腕を磨いている。また、負ける事は死を意味しますから、訓練も必死だ。

  ローマの南方のカプアという町に剣奴の訓練所がありました。
前73年、ここから78人の剣奴が脱走した。このリーダーだったのがスパルタクスです。

彼らはベスビオ山に逃げ込んだ。そこにローマの討伐隊が来るんですが、スパルタクス達は、殺しのプロだ。それに失うモノは何もありませんからね、滅茶苦茶強くてローマ軍に勝ってしまう。
脱走した剣奴がローマ軍に勝ったという噂は瞬く間に広まって周辺のラティフンディアから農業奴隷達がどんどん逃げて彼らのもとに集まって来る。
スパルタクスの勢力は7万人にまでなったと言われています。
スパルタクスは戦争の指揮も上手かったようで、このあともローマ軍との戦いに勝ち続けるんだ。万単位の人々を束ねているだけでもすごい政治的な手腕というか、人望があったんだろうね。

で、大勢力になったスパルタクス達の奴隷反乱軍はやがてイタリア半島を北上します。
食糧はどうやって確保したかというと略奪です。途中の都市を攻略し金持ち、貴族の財産や食糧を略奪しながら移動した。

  スパルタクスの目的は何かというと、故郷へ還ることです。
スパルタクス自身は今のブルガリアあたりの出身だったらしい。故郷には女房や子供がいたのかも知れないね。他の奴隷達もローマ領の北方から来た者が多かったようです。
だから北へ行ってローマ領を脱出しようとしたんでしょう。

ところが彼らはアルプスの麓まで行ってそこでUターンしてしまう。
なぜアルプス越えをしなかったのか、謎です。アルプスを越えればもうローマ領から出られたんですから不思議な行動です。
学者はいろいろな説を唱えていますがね。
ただ、現実問題として7万もの仲間を引き連れて実際にアルプスを越えられるとスパルタクスが判断したかどうかですね。
スパルタクスや他の剣奴達だけなら肉体頑強だから越えられたかもしれないけれど、彼らを頼って逃げてきた奴隷達にとってはどうだったか。老人や、病人、女子供もいたでしょうからね。そういう者達はかなりの確率で落伍して死んでゆくだろう。
リーダーの判断としてはアルプスを目の前にして引き返さざるを得なかったのかなと思います。

今度はまた略奪をしながらイタリア半島を南下するんですが、彼らはイタリア脱出をあきらめたわけではなかった。
当時イタリア半島周辺の海域では海賊が結構出没していたんですが、スパルタクスはその海賊と連絡を取り合う。イタリア半島南端に海賊船が迎えにきて彼らをシチリア島に運ぶ段取りになっていたようです。スパルタクスは略奪した財宝をたくさん持っていますからね、船賃はちゃんと払えるわけ。

  ところがスパルタクス一行がイタリア半島の先っぽまで来てみると、海賊船は来ない。手違いがあったのか、裏切られたのか分かりませんが。変わりにローマの大軍がやって来てついにスパルタクス軍はここで負けてしまったのです。

スパルタクス自身も乱戦の中で戦死したらしい。
生き残って捕えられた奴隷達は磔(はりつけ)にされた。ローマ市から南方に続くアッピア街道という軍道があるんですが、この道の両側に十字架が何キロもならべられ奴隷達のうめき声が何日も聞こえたそうです。
他の奴隷達に対する見せしめだね。

話がスパルタクスで長くなってしまいましたが、要するにこの時期のローマは、将軍同士の内乱、同盟市の反乱、奴隷反乱、元老院の指導力の低下など、混乱が続いたということです。
ローマがその現状に合った政治制度を見つけるまでもうしばらく混乱は続きます。


5カエサル

  前60年、有力将軍三人による談合が成立し、彼らがローマの政権を握ることになりました。これが第一回三頭政治といわれるものです。

三人はカエサル、ポンペイウス、クラッススです。
クラッススはローマ一の大富豪。
ポンペイウスはローマ一の将軍。
カエサルは、これはローマ一の人気者。
この三人が力を合わせれば怖いものなし。元老院も上手く操ります。

カエサル
カエサル像


  三人で一番重要なのがカエサルです。英語ではシーザーと読む。シェイクスピアの劇でも有名だね。アレクサンドロス大王、ハンニバルに続く古代世界の英雄でしょうか。
この人、とにかく魅力があったようです。カエサルに会う人はみんな彼のことが好きになる。カエサルは俺の友人だぜ、とみんなが言いたくなる。みんなの友達カエサル、です。
あだ名が「ハゲのスケベおやじ」だって。こんなふうに呼ばれてカエサルはガハハと嬉しそうに笑う人なんだね。

もう一つのあだ名が「借金王」。
とにかくカエサルは借金が多かった。ローマ中の金持ち、富豪から借金しまくり。
この金を何に使うかというと、平民達にふるまうんですよ。
例の、剣奴の試合をどんどん開催して平民達を招待する、食糧を買い込んでみんなにふるまう、それもみんなの度肝を抜くような規模でやるんだ。
だから、ますます平民達のカエサル人気は高くなる。

また、平民達も知っているわけ。カエサルさんは俺達にふるまうために借金で困ってるよ、今度の選挙ではカエサルさんを公職につけて儲けさせてやらないといかんな、とか言って投票してくれるわけですね。

  さて、そのカエサルですが前58年からガリア遠征に出ました。この遠征は前51年まで続くのですが、この期間にカエサルは人気に見合うだけの実力をつけたんです。
ガリアというのは現在のフランスを考えてくれたらよいです。ガリア人という人々が住んでいた。部族集団で生活していて、まだローマの領土にはなっていない。
このガリア人と戦って、勝ち続けます。
カエサルの勝利が次々にローマ市に伝えられる。そのたび毎に、また彼の人気は上がる、将軍としての実力も付いてくる。彼の兵士は当然のごとく彼の私兵です。この兵士達との人間的なつながりも強くなるんですね。親分子分関係が出来上がる。
何よりも勝利によって、カエサルは負けたガリア人から財産を搾り取りますからね、借金王から大富豪に変身するのです。

カエサルの将軍としての実力がついてくると、内心面白くないのがポンペイウスです。
それでもクラッススが生きているうちは三人でなんとかバランスが保たれていたんですが、前53年にクラッススが死ぬとカエサル、ポンペイウスの対立がはっきりしてきました。二人は政略結婚で姻戚関係を結んでいたんですが、そんなのも吹っ飛ぶぐらいです。
また元老院は元老院でポンペイウスを利用して、カエサルを潰そうとします。

こういう状況の中で、カエサルは「賽(さい)は投げられた」といってガリアから軍隊率いてローマに進軍しました。ポンペイウスと決戦だ。結局ポンペイウスは敗れてエジプトに逃げる。しかし、ここでエジプト人に殺されておしまい。
カエサルの勝利です。

この時カエサルはポンペイウスを追ってエジプトにやってくるのですが、ここで出会ったのがあの有名なクレオパトラです。

  クレオパトラはエジプトの女王として有名ですね。
この時の状況を少し話しておきます。ローマはすでに地中海を取り巻く世界をすべて領土に加えていました。しかし、エジプトだけはかろうじて独立していた。
だから、ポンペイウスは逃げて来たわけですよ。
しかし、ローマの強さは圧倒的ですからエジプトは何時ローマの属州にされてもおかしくない状態ではあります。
だから、ローマの事実上の第一人者であるカエサルがやってくるとエジプト政府は彼を歓待するわけです。機嫌を損ねちゃいけないからね。

で、問題のクレオパトラですが、王は王なんですがもう一人エジプト王がいたんですよ。
これがプトレマイオス13世という。共同統治といって、この地域では結構あるパターンです。
プトレマイオス13世はクレオパトラの弟なの。だから姉弟で王様やっている。
これだけならいいんですが、さらにややこしいのは二人は夫婦でもあるのです。
近親結婚だね。イクナートンみたいに自分の娘と結婚する王もいたくらいだからエジプトでは不思議ではない。クレオパトラ達プトレマイオス朝の王家はギリシア人だけど長くエジプトで生活するうちにエジプトの風俗に染まったんだろうかね。

さらにややこしいのが何かというと、この姉弟は仲が悪い。
権力闘争があって、弟王とその一派が実権を握っていて、クレオパトラは干(ほ)されていたんです。でも、彼女も権力欲しい。

  そんなときにエジプトにやって来たのがカエサルですね。
彼女は考えた。カエサルに会って自分の後ろ盾することが出来たら、弟を追い落としてエジプトの真の女王になれる。
ところが、彼女には弟王の監視がついていてなかなかカエサルには近づけない。
そこで考えたのが絨毯作戦。
彼女は自分を絨毯でぐるぐる巻きにさせる。そして、エジプトの富豪からの贈り物だといって、その絨毯をカエサルの宿舎に届けさせたんです。
カエサル、「立派な絨毯だ」とか言いながら広げると、中からポンとクレオパトラが飛び出てくる。びっくり箱ならぬびっくり絨毯だ。
恋愛というのは出会いの瞬間が大事。こんな劇的な出会いはない。カエサルはこの一撃でもうメロメロになったという。

この話、ちょっと信じがたいけどね、広く知られた話です。資料集にも丁寧にこのシーンの絵がのっているでしょ(ジェローム画)。ちなみにクレオパトラは21歳。カエサルはというと52歳。ウーン、というところだね。

クレオパトラは伝説のような絶世の美女ではなかったようですが、教養あふれる知的な女性だった。特に声が魅力的だったんだって。どんなんだったんだろう。
何よりも、こういう大胆な行動力は魅力的だと私は思いますが。
ともかく、クレオパトラはカエサルに会うことが出来て、計画通りに彼を自分の魅力の虜にしました。
カエサルはついにはエジプトの宮廷闘争に介入してクレオパトラを名実ともにエジプト女王にし、さらにエジプトの独立を保証したのです。

  ローマに還ったカエサルはポンペイウスの残存勢力をやっつけて前46年には終身独裁官になった。事実上の独裁者といってよい。あらゆる栄誉と権限を一身に集めたのです。実力者だから誰も文句を言えないのですが、カエサルの振る舞いを見ていてかなりの人たちが疑いを持ち始めたんです。
「カエサルは王になろうとしているのではないか」とね。
独裁者ならまだ前例はあった。スラとかね。だからまだ我慢できる。
しかし、王は別です。ローマ人には共和政に対する誇りがある、王政に対してはものすごいアレルギーがあった。
元老院主導の貴族政治が否定されることですからね。貴族達はカエサルに警戒心以上の敵意を持ち始める。ブルートゥスをリーダーとする共和主義貴族のグループが最も急進的でした。

かれらによってカエサルは暗殺されてしまうのです。
前44年3月15日、カエサルが元老院の議場にやってくると、待ちかまえていたブルートゥス達がカエサルに襲いかかり短剣で彼を刺す。カエサルは必死に抵抗するのですが自分を襲う貴族の中にブルートゥスの姿を見つけ「ブルートゥスお前もか!」と叫んだというのは有名なお話。
ブルートゥスは名門貴族出身なんですが、結構カエサルに可愛がられていて彼の保護のもとに重要な役職についていたりする。そのブルートゥスまでもが俺を殺すのか!という意味ですね。

これは裏話があって、ブルートゥスはカエサルよりも25歳年下です。で、カエサルは若い頃にブルートゥスの母ちゃんと付き合っていたの。カエサルはもてますからね、若い頃から女性関係は激しい。その後二人は別れて彼女はブルートゥスの親父と結婚するわけですが、ブルートゥスの誕生日を聞いてカエサルはひょっとしたら、って思っていたらしい。俺の子かも、と思っているから引き立ててやったんじゃないかとも言われています。
ブルートゥスからすれば、たとえそうであっても共和制を守るためには殺さなければならないと考えたんですね。王政に対する反発の強さが分かるね。もっともこの話はどこまで信頼できるか分かりませんが。
カエサルの最後
カエサルのデスマスク(上の像より実物に近い?)



  さあ、カエサルは暗殺されました。
このあとはまた次回。

クレオパトラですが、カエサルの子供を産んでいるのです。男の子でカエサリオンという。母子は暗殺の日、カエサルに招かれてローマに来ているんです。カエサルの死を知ってクレオパトラはカエサリオンを引き連れ急いでアレクサンドリアに帰っていきました。
カエサリオンは独立王国エジプトの王子でありまだ子供です。カエサルの遺産相続人にはなりませんでした。

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世界の歴史 2 ギリシアとローマ 中公文庫 H 3-2 こちらの中公文庫版は、古いシリーズ。しかし、読み物としては、一番読みやすくて基本的。入門としては、最適と思う。品切れ(絶版?)間近。

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