こんな話を授業でした

世界史講義録
第2回 人類誕生

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進化論
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 歴史が始まるには、人類が誕生しなければなりません。どのように人類が誕生したか。今でこそ進化ということは常識になっているけれど、この考えが発表された当時は大きな抵抗がありました。
 進化論で有名な学者、知っていますか。そう、ダーウィンですね。イギリス海軍の測量船「ビーグル号」に博物学者として乗り込み、南半球の各地を調査した。各地の動植物を観察するなかで進化論を確立します。

 有名なのがガラパゴス諸島。小さな島がたくさん集まっていて、ここにしかいないという動物がたくさんいるんですが、ダーウィンが観察してると、あることに気づく。ちょっと隣の島に行くと、同じ種類の鳥でもくちばしの形が少しづつ違う。ガラパゴスゾウガメというカメがいるのですが、これも隣の島に行くと甲羅の形が違っている。こういう体験と自然淘汰という考えを結びつけて、『種の起源』という本を出版したのが1859年でした。進化論をとなえたのはダーウィンがはじめてではないのですが、この本が一大センセーションを巻き起こしたんですね。

 何が問題だったかというと、ダーウィンはイギリス人ですね。イギリス人を含めてヨーロッパ人はみんなキリスト教を信じている。
 聖書には神がアダムとイブをつくったと書いてあって、人類はみんなその子孫だと信じていたわけですよ。私みたいにあまり信心深くない者にはそういう気持ちはわからないですけどね。ダーウィン自身は『種の起源』では人類については直接書いていないのですが、進化論を人間にあてはまれば、ヒトの祖先はサルの仲間ということになり、聖書の記述を否定することになる。

 信仰と科学の対立、ということだね。ヒトは神がつくったんではなくて、サルから進化したという考えは、未だに論争になります。アメリカでは、公立学校で進化論を教えるのに反対する人がいて、進化論を教えるなら、同時に聖書の人類創造説も教えるべきだと裁判が起こされたりします。

 今から20年も前になりますが、高校生だった私はラジオの深夜放送を聞いていた。受験勉強しながらね。「ノックノック○○」という番組だった。ディスクジョッキーがアメリカのどこかの砂漠で奇妙な化石が発見されたと言ってたんです。
 その化石というのは恐竜の足跡の化石で、それだけならどうということはないんだが、その恐竜の足跡のすぐ横にヒトの足跡も残っていた、というんだね。それも現生人類の足と同じモノが。
 これ、本当だったらすごいです。今までの進化の定説が覆るからね。これは、ビッグニュースだと思って、私は翌日の新聞を隅から隅まで読んだけど、どこにもそんな記事がない。ちょっと前の発見かもしれないから、その後、いろいろ本など注意深く見ていたのですが、やっぱり無いわけ。

 ずっと、変だなと思いつづけて何年かして、ハッと思いあたった。
 その番組、キリスト教関係団体の提供だったのね。「ノックノック~」という番組名も「たたけよ、さらば開かれん」のことだったと思うよ。DJも、時々聖書の話なんかしてた。その化石のニュースはいわゆるガセネタだったんだね。
 DJが意識して嘘をついたとは思わないけど、恐竜とヒトが同時代に存在していれば、少なくともヒトに関しての進化論、人類学の現在の学説は否定できるからね。
 テレビやラジオで言っていたからといって、簡単に信じてはいけませんね。

 今でもそんなことがあるくらいだから、100年以上昔のダーウィンがキリスト教の本場で、どれくらい強い非難をうけたかは想像できるでしょう。

 さて、進化論を証明するには、証拠が見つかればよい。化石です。サルとヒトのあいだをつなぐ生物の化石が見つかれば。

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ヒトとは
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 ダーウィンの時代から現在まで、多くの人類学者が化石人類の発掘をしています。ところで、発掘して出てきた骨が、ヒトなのか、サルなのか、どうやって見分けるんでしょうね。要するに、人間とは何か、がわかっていなければいくら化石を掘り出しても、いつ頃人類が地球上に登場したかは決められないです。

 ヒトと他の動物を分ける決定的なポイントは何だと思いますか。
 はい、道具を使う、そうね。他には、…言葉、立つ、うん。

 道具を使うのはヒトだけでは無い。かつては道具を「つくる」のがヒトだとも言われていましたが、チンパンジーも道具をつくる。
 サル学というのがあって、日本ではサルの研究が世界的にみても進んでいます。たくさんの本がでていますから、興味があったら読んでみてください。これが非常に面白い。

 ある日本の研究者がアフリカでチンパンジーの群をずっと観察していて、面白い行動を発見した。
 ある一頭のチンパンジー、ある朝目覚めると、木の枝を拾いはじめたんだ。拾ってはいじくりまわして、どうも枝を選んでいるようなんだね。何をしているのか、観察を続けていると、一本選んでその葉をちぎり取って、ちょうど釣り竿みたいな形にした。そして、それをひょいと肩に担いでトコトコと歩き出した。

 その研究者は不思議におもってつけていった。数キロ歩いたチンパンジー、蟻塚に到着した。蟻塚というのは蟻の巣で、日本みたいに地下に穴を掘った巣ではなく、1メートルくらいの高さに山みたいに土を盛り上げて、カチンカチンに固めてその中が巣になっているんです。出入り口は、小さいな穴になっている。
 で、チンパンジー君は、担いで持ってきた枝を蟻塚の巣穴に突っ込んだ。そして、それを引っぱり出すと、枝に蟻がたくさんくっついてくる。その蟻をぺろぺろ食べ出したんだね。何回もその動作を繰り返した。やがて蟻喰いに飽きてようやくその枝をほっぽらかして、別の行動に移った。

 これが、のちに非常に有名になる「蟻釣り」という行動です。
 これは、二つの意味ですごいことだ。
 ひとつは、明らかに、このチンパンジーは道具をつくっている。枝を選んでいるように見えたのは、蟻釣りにちょうど良い長さと太さ、そして、しなり具合の良い枝を探していたんだ。
 二つ目にすごいのは、蟻塚を見つけてから、釣り竿を作りはじめたのではないことです。かれは、始めからそこに蟻塚があることは知っていた。朝、目覚めて、かれは「今日は何しようかなあ」と考えた。「天気はいいし、木の実は食い飽きた。久しぶりに、あそこの蟻塚で蟻喰おうか」
 そう考えて、釣り竿を準備して出かけているということです。計画を立てていることは確実です。
 人間との差はほんのわずかです。実際ヒトとチンパンジーの赤ちゃんを一緒に育てると3歳くらいまでは、全く同じように成長するそうです。精神的にもね。サルの仲間でも、チンパンジー、ゴリラ、オラウータンの3種類は類人猿と呼ばれていて、非常にヒトに近い。DNAの98%はヒトと同じだそうです。

 どのくらいの知能をチンパンジーは持っているのか。アメリカでは、手話を覚えたチンパンジーがいる。数百の言葉を覚えた。このチンパンジーに別のサルを見せたら、「オマエ、キタナイ、サル」と言ったそうな。

 夕日を見つめるサルというのもある。これも、日本の研究者の観察ですけれど、あるチンパンジーの群のなかに、決まって夕暮れ時になると群から姿を消す個体がいた。
 どこで、何をしているのか。研究者がつけていくと、そのチンパンジーは崖の端まで出かけていって、そこからサバンナの地平線に沈んでゆく太陽をじっと見つめているんだって。
 ぐーっと沈んでいくでっかい太陽を、身じろぎもせず…何を想っているのだろう。感動しませんか。
 夕日を見つめるチンパンジー…。

 野生動物というのは、決して意味のない行動、無駄な行動はしないものらしい。肉食獣もいるわけで、無意味な行動は生命の危険に直結する。群から離れて一匹で崖っぷちまで行く、非常に危険です。しかも、崖っぷちで夕日、これは無意味な行動で、本来ありえない。

 サルの話を続けているとキリがないのでこの辺でやめておきますが、言葉をしゃべるというのも、ヒトだけとは限らない。イルカや鯨の言葉を研究している人いるでしょ。ホントに言葉といえるモノがあるかはわかりませんが、今の段階でヒトだけが言葉を持つとはいいにくい。

 結局、ヒトと他の動物を分けるポイントはこれ。漢字6文字。直立二足歩行。
 これはヒトだけです。チンパンジーもゴリラも歩くときは、普通は手をつきます。
 直立二足歩行は、二つの結果をヒトにもたらしました。ひとつは、手が自由になったこと。二つは、脳が発達できたこと。ヒトは他の動物と比較して体重に対する脳の比率がとりわけ大きい。
 その大きな脳を、直立することによって支えることができるようになります。たとえば、このボールペンが背骨として(水平に持つ)、この先端にこの黒板消しをくっつけようとしても、まあ、ボンドを使ってもすぐ落ちてしまうでしょう。でもこうして(ボールペンを垂直に持つ)立てれば、ほら、何も使わなくてもこの黒板消しが乗りますね(そっと乗せてみる)。ね。同じ理屈です。脳が大きくなれるのです。

 ただ、直立二足歩行というのは、かなり無理がある姿勢みたいで、ヒト独特の苦労も生みました。
 たとえば、出産の時にヒトほど苦痛をともなう動物はいないそうです。直立しているから妊婦さんのお腹から赤ちゃんが落ちないように、子宮の出口がものすごく固く閉まっているわけ。そこを、無理矢理こじ開けて子どもを生まなければならない。これが出産時の痛みの原因です。
 あと、腰痛もヒトだけの病気らしいです。

 脳が大きくなるには、手が自由になることが影響したようです。手で、何か作業しますね、これが脳を刺激する、するともっと複雑な作業もできるようになる、で、脳がもっと刺激される。こんなふうに相互作用が手と脳のあいだに生まれました。すべてのもとは、直立二足歩行。

 どんな化石が見つかればヒトか、ということでしたが、直立二足歩行の化石だったらヒトなのです。頭蓋骨、大腿骨、骨盤、こんな部分が見つかれば解るようです。

 ところで、カンガルー、あれは直立二足歩行ですか。そしたらヒトですか。じゃあペンギンは?答えは言いませんから、みなさん自分で考えてごらん。

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化石人類の発見
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 さて、ダーウィンの時代以後、ヒトの祖先の化石はいろいろ発見されました。整理しておきましょう。

 ヒトがはじめて地上に登場したのが、いまから400万年前。もっとも原始的なこの段階のヒトを、「猿人」と呼びます。猿人にはいろいろ種類があって「アウストラロピテクス」と呼ばれるものがもっとも有名です。これ以外にも別の名前を与えられている猿人もいます。別種がいて、同時に何種類か存在した時期があったようです。どれがわれわれの直接の祖先かは、定説はありません。

 「アウストラロピテクス」類が、たくさん発掘されて有名な場所が、タンザニアの「オルドヴァイ峡谷」です。東アフリカのモザンビークからエチオピアにかけて、東アフリカ大地溝帯と呼ばれる地球の割れ目があります。オルドヴァイ峡谷もここにあって何百万年も前の地層が露出していて化石発掘には絶好です。
 最初にここに目を付けて、猿人を発掘した人がルイス・リーキー。1959年のことです。その後、この峡谷で画期的な発見が相次ぎます。こんなふうに言うと、いとも簡単に発掘できたみたいですが、リーキーは最初の発見まで、実に28年間ここで調査を続けていたんですよ。先駆者というのはすごいね。
 ルイス・リーキーは1972年に亡くなっていますが、息子のリチャード・リーキーという人が、現在も発掘を続けて成果をあげています。どう、みなさんもアフリカへ行って30年くらい我慢して穴を掘り続けたら、ひょっとして画期的な発見で教科書に載るかもしれないよ。

 猿人が発掘されるのはアフリカだけなので、人類の故郷はアフリカといわれます。猿人の時代が200万年前まで続き、その後登場するのが「原人」です。40万年くらい前までが原人の時代です。

 原人は二つ覚えてください。「ジャワ原人」と「北京原人」です。

 ジャワ原人の発見者は、デュボアというオランダ人です。1891年のことです。かれはもっとも早い時期に化石人類を発見した人で、先駆者の悲哀を味わいます。
 デュボアは、ダーウィンの本に刺激され、ヒトとサルを結ぶ化石の発見を志します。医者として将来は大学教授の地位も約束されていたんですが、その地位をなげうって、オランダ軍の軍医に志願します。23歳の時でした。
 軍医になったのはインドネシアで化石を発掘するためでした。インドネシアは当時オランダの植民地で、軍人になればインドネシアに行けたんだね。ただ、インドネシアに化石があるなんて保証は何もない。ただ、ヒトの祖先は熱い地域に住んでいたに違いないと思っただけです。オランダ人が行ける熱い所がインドネシアだった、ただそれだけの理由です。
 実にいいかげんといえば、いいかげんだね。

 ところが、インドネシアに行って4年目、化石を発見してしまうのです。場所も覚えておこう。ジャワ島のトリニールという所です。ソロ川という川の土手で頭骨の一部と、大腿骨を見つけた。頭骨は丸みが少なく、類人猿に近いが、大腿骨は明らかに直立歩行していたモノだったんだ。
 先ほど話した猿人の化石が発掘される遙か以前のことで、かれの発見は、賛否両論を巻き起こします。

 実は、頭骨と大腿骨の発見された場所が同じではなく、15メートル離れていたの。だから、大腿骨はあとの時代のモノが紛れ込んだとか、いろいろ疑問がでて、結局かれの発見は受け入れられませんでした。
 デュボアは、完全に偏屈な人になってしまって、やがては自分の発見した化石を金庫に入れて、さらに自宅の床下にしまい込んで誰にも見せなくなってしまう。

 あとで北京原人が発見されて、それがジャワ原人とそっくりだったことから、かれの発見は認められるようになるのですが、そのころのデュボアはもう誰にも会わないような拗ねた性格になっていたそうです。

 北京原人は20世紀になって発見されます。北京近郊の周口店という場所です。
 洞窟跡からたくさんの動物の骨とともに見つかりました。骨に燃やした痕があったので、北京原人が火を使用したことがわかっています。
 それと、見つかった北京原人の化石の多くが割られていました。骨の髄を食べるためと思われます。つまり、食人の風習があって、仲間の肉を食べたらしい。これを否定する学者もいて、飢饉の時だけ食べたとか、呪術的な意味があるとか、いろいろな意見が出されていますが、どれも推測にすぎない。食人の風習を否定する研究者には、自分たちの祖先に汚名を着せたくないという身びいきな判断があるような気がします。

 ちなみに、完全な北京原人の頭蓋骨は第二次大戦時、日本軍が北京を占領した時のどさくさに紛失してしまいました。状況から見て、誰かが持ち出してどこかに隠しているんだと思う。見つかったら大スクープになりますよ。

 次にでてくるのが旧人。約20万年前です。ネアンデルタール人が有名。これはもう脳の大きさはわれわれよりも大きいほどです。この種類は旧大陸の至る所で発掘されます。かれらは、かなり高度な精神文化を持っていたらしい。たとえば、手足を折り畳んだ化石がたくさんでます。埋葬がおこなわれていた証拠です。

 イラク北部で発見(ザクロス山中シャニダール洞穴)された男の化石などは、その上の土を取って顕微鏡で観察したら、ヒヤシンスやヤグルマギクの花粉が大量に発見された。

 かれが死んだときに、母親か恋人か友人かわからないけど、野花をいっぱい摘んできて、その亡骸にかぶせたんですよ。
 今でもそこには5月から6月にかけて、丘の上一面に野生のヒヤシンスが咲くそうです。ちょうどその季節にかれは死んだんだね。

 死後の世界に対する想いとか、花を見て美しいと思う、大げさにいったら芸術感覚があったということです。

 また、先天的に片手、片目のつぶれた40代男性の化石もありました。40歳といえば当時なら相当な年のはずです。障害を持ちながらも、仲間の助けを得ながら天寿を全うしたわけです。宗教的儀礼をおこなうとか、火の番とか、何かの役目を持っていたのでしょう。単純に障害者を切り捨てる社会ではなかったということがわかります。

 その後にでてくるのが、いよいよわれわれの直接の祖先です。新人といいます。その代表としてクロマニヨン人と、上洞人(じょうどうじん)を覚えておくこと。
 今から4万年くらい前に登場します。遺跡はたくさんあるけれど、かれらの残した洞穴壁画は覚えましょう。

 スペインのアルタミラ洞穴、フランスのラスコー洞穴の壁画は有名。1万5千年くらい前に描かれましたが、躍動感、色彩、どれをとってもすばらしい。
 馬や、牛の絵が多いでしょ。なぜこんなのを描いたのか実はよくわかっていない。猟でたくさん獲物が捕れるように願って描いたという説もあるが、当時の獲物はトナカイで、馬・牛ではなかったらしい。
 しかも、どこの壁画も洞穴のものすごく奥の方の、這っていかなければはいれないような所の天井とか、とにかく描きにくい所に描いている。何か宗教的なモノだともいわれますが、結局わかりません。
 志摩スペイン村パルケ・エスパーニャにはアルタミラ洞穴壁画と同じモノがつくられているそうです。一度見てみたいね。

 言い忘れていました。道具ですが、猿人の時代から石器がでます。打製石器です。新人の時代、1万5千年くらい前までは打製石器が続きます。ただ、原人、旧人、新人となるに従って精巧な石器になってきます。

 猿人、原人、旧人、新人と人類は進化しているんですが、一つだけ注意しておきたいのは、たとえばネアンデルタール人がクロマニヨン人に進化したかどうかは、不明です。
 同じ地層から旧人と新人が見つかる時期もあるんだね。
 同じように、猿人と旧人の関係、原人と旧人の関係もまだ、不明です。本によって書いてあることが違うのです。
 まだまだ、われわれの直接の祖先については研究途上です。

【参考図書】「ヒトはどこからきたのか」河合信和、朝日新聞社、1991年
(2002/2/19改稿)
*追記:2002年2月19日
細胞中のミトコンドリアのDNAを分析すると特定の人物の母系をさかのぼることができる。この方法によると、ネアンデルタール人はわれわれ現世人類の祖先ではないという。(「イヴの七人の娘たち」ブライアン・サイクス、ソニーマガジンズ、2001)
参考図書紹介・・・・もう少し詳しく知りたいときは

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世界の歴史〈1〉人類の誕生 (河出文庫) 進化論とサル学の研究者が、人類の誕生と進化を大胆に叙述した、実にユニークな歴史の本です。
イヴの七人の娘たち: 遺伝子が語る人類の絆 (河出文庫) 母系のみに伝わるミトコンドリアのDNAの変異から、人類の祖先と、進化を探る。最新の生物学からのアプローチは新鮮でした。

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