こんな話を授業でした

世界史講義録

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第8回 東地中海の文明  

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クレタ文明
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 エジプトやシリアで諸民族の活動が活発になると、地中海を通じての交易も生まれてきました。東地中海沿岸とそこに浮かぶ島々のあいだに交易圏が発生します。
 この交易圏に生まれたのがクレタ文明です。文明と呼ぶような大規模なものではないですが、こんな大きな言い方をするのはギリシア文明のご先祖様の位置にあるからでしょうね。

 クレタ文明の場所はクレタ島。ギリシアの南方に浮かぶ小島です。
 1900年、イギリス人エヴァンズがこの島の中央部クノッソスで巨大な宮殿跡を発掘しました。クノッソス宮殿といいます。
 この宮殿は周囲に城壁を持たず、また中がたくさんの小部屋に分かれているのが特徴です。壁画にはタコやイルカなど海の生き物たちが実に生き生きと描かれていました。



 クレタ文明が栄えたのは前2000年から前1500年位までの約500年間です。絵画など、はじめはエジプトなどオリエント文明の影響が色濃いのですが、だんだんと独自色がでてきます。
 クレタ文明の担い手たちはギリシア本土を支配していたようで、ギリシア神話の中にそのことを思わせる話が残っています。ミノタウロス伝説という話です。

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ミノタウロス伝説
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 こんな話です。
 クレタ島にはミノタウロスという化け物が住んでいました。
 クレタに支配されていたギリシアのアテネの町は毎年ミノタウロスに生け贄をささげなければならない定めになっていました。生け贄は少年少女それぞれ7人。かれらはクレタ島のクノッソスに連れていかれてミノタウロスに食べられてしまう運命。毎年生け贄の子どもを決める時期が来るとアテネの親たちは悲しみにしずみながら、くじ引きをする。あたりくじをひいてしまったら自分の子どもが生け贄です。

 このミノタウロスは何者かというと、それがこんな話になっている。
 クレタ島の王はミノス王といいます。かれは王位に就く時に海の神ポセイドンの力を借りるのですが、その際に王になったら美しい牡牛をポセイドンにささげると約束した。ところが実際に王になると、牡牛をささげるのが惜しくなってしまってポセイドンとの約束を守らなかった。怒ったポセイドンがミノス王に仕返しをします。
 どんな仕返しかというと、ミノス王にはパーシパエという妃がいるのですが、そのパーシパエに牡牛を好きになってしまうという呪いをかけるのです。この辺から話がだんだん怪しくなるんですが、呪いをかけられたパーシパエは牡牛に惚れてしまう。好きで好きでたまらなくなる。はっきり言うと、交わりたくて気も狂わんばかり。それで、雌牛そっくりの模型をつくり、その中に入って牧場で草を食べてる牡牛に近づきます。牡牛は本物の雌牛と勘違いして、交わってしまうのね。
 こんなふうにして、王妃パーシパエは想いを果たすのですが、時が満ちて彼女のお腹が大きくなってきた。
 産まれた子どもが、顔が牛、体が人間という化け物だった。これがミノタウロスです。
 困ったのがミノス王です。もとはといえば、自分のポセイドン神に対する裏切りが原因ですから。ミノタウロスを殺すこともできず、生かすこともできず、悩んだあげくに考えついたのが迷宮をつくってここにミノタウロスを閉じこめることでした。
 一度入ったら二度とでられない迷路の宮殿です。この宮殿の奥にはラブリスという両刃の斧が置かれていたので、この迷宮をラビリントスといいます。英語の迷路ラビリンスの語源。

 さて、アテネから連れてこられた子どもたちはこの迷宮に閉じこめられ、やがては迷宮の中でミノタウロスに出会って食べられてしまう運命です。
 神話ではこんなふうに話が進みます。アテネに少年英雄テーセウスが登場します。かれは旅からアテネに帰ってくると、少年たちが生け贄としてささげられることを聞いて憤慨する。「俺が化け物を退治する」といって、みずから生け贄に志願してクレタ島に送られるのです。クレタに着くと、ミノス王の娘、王女アリアドネがテーセウスを見てしまう。テーセウスは、まあ、ものすごい美少年なわけでアリアドネは一目惚れするのですよ。

 アリアドネはこっそりテーセウスに近づいて「自分の夫になってくれるか」と聞く。テーセウスは彼女を妻にする約束をする。未来の夫がミノタウロスに殺され食べられては困るアリアドネはテーセウスにこっそりと麻糸の玉と短剣を渡します。
 迷宮に閉じこめられたテーセウスは入り口に麻糸の端をひっかけておいて、糸玉をほどきながら迷宮の奥に進んでいきます。
 やがてミノタウロスと出会って闘うのですが、アリアドネから渡された短剣を使ってミノタウロスを倒すことができた。最後に糸をたぐって無事に迷宮からの脱出した。と、まあ、こんな話。

 実際のクノッソス宮殿の遺跡にはたくさんの小部屋がつくられていたと先ほど話しましたが、古代ギリシア人たちはこれを迷宮と考えたのでしょうね。
 生け贄をささげるというのは実際にあった話かもしれない。少なくともギリシアの人々はクレタ島の支配者に対して貢納義務とかがあったのでしょう。
 またクノッソス宮殿には牛を描いた壁画もあった。
 プリント見てください。これは「牛跳び」といわれている壁画です。

 突進している牡牛が中央に描かれています。それと、三人の少年。一人は牡牛の角をつかんでいる。もう一人は牛の背中で逆立ちをしています。最後の一人は牛のうしろで両手を前に伸ばすポーズをとっています。
 この絵を宗教的な儀式だとする解釈があります。突進する牛を少年が待ちかまえていて、うまく牛の角をつかんだら、思い切りジャンプして、牛の背中に手をついて反転して着地する。成功したらいいんですが、失敗したら、牛の角に突かれて悪くすれば死んでしまうでしょう。
 この、サーカスみたいな見せ物自体を神に奉納したのではないか、ということです。
 牛を神にささげる、もしくは牛そのものを神聖な生き物と考える、こんな発想が地中海世界には広くあるように思います。
 牛と人間が真剣勝負で闘うというのは今でもありますね、思いつきますか。
 そう、闘牛ですよ。同じ地中海に面するスペインでは現在でも盛んにやってるね。一流の闘牛士はスーパースターだそうですよ。で、やはり牛に突かれて死んでしまうことがたまにあるそうです。闘牛の起源はクレタ文明にあるのかも知れません。
 私はさらに、クロマニヨン人がラスコーやアルタミラの洞窟に牛をたくさん描いたことを連想するんですがね。

 


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ミケーネ文明とトロヤ文明
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 クレタ文明は前15世紀には滅びました。理由はよくわかりませんがアカイア人の南下が原因ともいわれています。遅れて南下してきたドーリア人とあわせて、かれらがギリシア人になります。

 クレタ文明の滅亡と前後して、アカイア人がミケーネ文明をつくります。この文明は辺境国家といったほうがいいくらい、規模は小さいです。ギリシア本土のミケーネ、ティリンスという町が中心です。 
 まだ、青銅器文明の段階で、国家はのちのギリシア文明のような民主的なものではなく専制的だったといわれています。

 トロヤ文明は前2600年位から存在していました。小アジアのトロヤが中心。これも青銅器段階で国家は専制的、民族系統は不明です。

 ミケーネ文明もトロヤ文明も前1200年頃滅びます。同じ頃、ヒッタイトが滅び、エジプト新王国も「海の民」という謎の集団に襲われて弱体化しています。たぶん、民族移動など大規模な変動があったのでしょう。

 この二つの文明は文明そのものよりも、発掘した人によって有名です。
 それがドイツ人、シュリーマン。1870年代にこの二つとも発掘するんです。
 かれは幼い頃から寝物語にいつもギリシア神話を読んでいたの。大好きなのがトロヤ戦争の話。大人になったら絶対にトロヤの町を見つけようと子供心に決意するのです。当時はギリシア神話はあくまで神話であって、ホントにトロヤ戦争があったとか、トロヤの町があったなんて誰も考えていなかったんですが、シュリーマンは若いころから働きに働いて、商売で大成功して資金を貯めて50歳近くなってから財産を投じて自力で発掘をはじめます。
 周囲の人たちは馬鹿だねえ、って思っていたみたい。浦島太郎の話を信じて竜宮城を探すようなものですな。
 ところがかれは発掘してしまうんだね。トロヤの遺跡だけではなく、トロヤ戦争の物語でトロヤに攻め込んだことになっているギリシア本土のミケーネの遺跡まで見つけてしまった。そんなわけで、この二つの文明はシュリーマンと結びつけてセットで覚えておいてください。
 シュリーマンは『古代への情熱』という自伝を出してる。図書館にあるから興味があったら読んでください。幼なじみの女の子と一日の遅れで結婚しそびれたり、そんな話もでてくる。これを読んで考古学者や歴史学者になりたいと思う人、結構いるみたいですよ。

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トロヤ戦争
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 シュリーマンが信じたトロヤ戦争の話の発端が面白い。
 テティスという女神がペーレウスという人間の男、これはギリシアの王の一人なんですが、と結婚するところから始まります。
 女神と人間の結婚だから、披露宴は大賑わい。神々も出席するし、ギリシアの主だった王様たちもやってくる。大いに盛り上がっているんですが、一人だけ宴会に呼ばれなかった女神がいたんだ。これが、嫉妬と争いの女神エリスです。結婚披露宴に嫉妬と争いは要らないからね。ところが、エリス女神は披露宴に呼ばれないことに嫉妬してしまった。腹を立てた彼女は、披露宴に争いを持ち込みます。何をするかというと、宴会場に黄金のリンゴを投げ込む。
 突然、宴会場に転がり込んできた黄金のリンゴを取り上げてみるとそこにはこんなふうに書いてあるんだね。

「最も美しい女神へ」

 「そのリンゴは私がもらう権利がある」と、三人の女神が名乗りをあげた。「私が一番美しい」と三人の女神は大喧嘩をはじめてしまって、宴会は滅茶苦茶になってしまった。

 三人の女神はこんな顔ぶれです。
 まずは女神ヘーラー、彼女は主神ゼウスの妻で、女神の中では一番偉い。世界の支配を司ります。
 次が女神アテナ、戦いの女神です。
 最後が女神アフロディーテー、美の女神だね。
 「私は美しい」と、喧嘩するのですが決着がつかない、そこで三人はゼウスのところに行って、「誰が一番きれい?」って聞くのですが、ゼウスも困るよね。思ったことを言って残りの二人に恨まれたらたまりません。
 そこで、ゼウスは「美の判定者」を指名して、その人物に最も美しい女神を決めさせることにしました。「美の判定者」とされたのが、羊飼いの少年パリスです。これは人間。

 ここまで来ると、女神たちは意地でも「美しい」といわれて、黄金のリンゴを手に入れたいわけですよ。女神たちはパリスのところに行って買収工作をするのです。
 ヘーラーは、一番にしてくれたら、「世界の支配者にしてあげる」。
 アテナは「あらゆる戦での勝利があなたのものに」。
 アフロディーテーは「人間の中で一番の美女をあなたの妻に」。
 三択問題です。みなさんなら、誰にしますか。
 このあたりはギリシア人の人生観がうかがえて、最高に面白いですね。

 パリスは美女を選択したんです。
 世界の支配よりも、勝利よりも、美ですよ。ギリシア人らしいでしょ。かれらの残した彫刻を見るとつくづくそう思う。

 さて、最も美しい女神はアフロディーテーで決着。彼女は、約束どおり最高の美女をパリスに与えるのですが、それが人妻だったのですよ。
 ギリシアはスパルタ王メネラーオスの妻ヘレネーです。パリスはアフロディーテーの手引きで彼女をさらって自分の妻とします。ところで、パリスは実はトロヤの王子だったのです。妻をさらわれたメネラーオスは怒るわな。妻を取り返すため、兄のミケーネ王アガメムノーンに助力を頼みます。アガメムノーンは全ギリシアの盟主なんです。かれの号令で、全ギリシア軍が出動です。海を渡ってヘレネーを奪い返すためにトロヤに攻め込みました。これがトロヤ戦争です。

 ギリシア軍の中にはギリシア随一の戦士アキレウスもいます。アキレウスは戦争の発端となった宴会の主役女神テティスが、人間とのあいだに生んだ子です。テティスは死すべき定めにある人間の息子を不死身にするために、生まれたばかりのアキレウスを不死の泉に浸けます。その時テティスはアキレウスの足首をつかんでいたので、そこだけが不死の泉につからず、かれの唯一の弱点となります。アキレス腱だね。
 そのアキレウスもすっかり成長してこの戦争に参加するんだ。

 こんな話を信じて、トロヤを発掘しようとするとは、シュリーマン、ただ者ではないね。ミケーネの遺跡からは黄金の仮面が出土していて、これは「アガメムノーンのマスク」と呼ばれています。

 このトロヤ戦争が始まって10年目、戦争の最終段階をアキレウスを主人公に描いたのがホメロスの叙事詩『イーリアス』です。ホメロスは前8世紀のギリシアの詩人。
 『オデュッセイアー』という叙事詩もホメロスの作。これは、ギリシア随一の知恵者オデュセイウスがトロヤ戦争が終わって、トロヤから故郷へ帰る長い旅を描いた物語。

 トロヤ戦争の最終段階でトロヤをうち破る作戦を考えたのが、オデュッセイウスでした。両軍とも名だたる英雄、勇士は次々に死んでいき、それでも決着はつかず、オデュッセイウスは有名な「木馬の計」というのを提案します。全ギリシア軍は撤退するふりをしてトロヤの海岸から引きあげて、浜辺には大きな木馬だけが残っている。木馬にはギリシアの戦士が百何人か隠れているのです。
 トロヤ側は今日も戦だ、と海岸に来てみるとギリシア軍がいない、とうとうあきらめて撤退したと思いこみます。海岸に残された木馬を戦利品として、トロヤ城内に持ち込んで、夜になったらどんちゃん騒ぎの勝利の宴会です。トロヤの兵士たちが飲みつぶれたのを見計らって隠れていたギリシア兵が木馬からでてくる。そして、内側から城門を開き、外の兵と合流してトロヤ人を殺しまくるのです。トロヤは炎上して滅んだ、という。
 このトロヤの陥落炎上を描いた絵本がシュリーマンに強烈な印象を与えたそうです。


(2002/3/5校正)
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呉茂一氏のギリシア神話解説書。私が持っているのは、一番上の旧版だが、下の文庫版も内容は同じと思います(多分)。
最高水準のギリシア神話の本。単純に読んでも面白いし、調べものにも役立つほど、中味は濃い。
もちろん、トロヤ戦争の話も載っています。

第8回 東地中海世界の文明 おわり


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