こんな話を授業でした

世界史講義録

  第9回 古代ギリシア 

目次 1古代ギリシアの社会
2アテネの歴史・貴族政治
3アテネの歴史・財産政治から民主政治へ

1古代ギリシアの社会

  前12世紀にミケーネ文明が滅んでから数百年間は暗黒時代。社会がどのよう だったのかはよく分かっていません。前8世紀頃になって、ギリシア文明が姿 をあらわしてきます。
このギリシア文明はわれわれに大きな影響を与えている。まず、民主主義の元 祖です。今の民主主義は西欧で生まれたのですが、その西欧の人々がモデルに したのがこの古代ギリシアです。それから、哲学や芸術などわれわれになじみ 深い西欧文化の元祖でもある。ソクラテスは聞いたことがあるでしょう。仏陀 や孔子の本は課題図書にならないけど「ソクラテスの弁明」は夏休みの課題図 書になるね。というわけで古代ギリシアは重要です。

ギリシア文明の場所を確認、バルカン半島の南端、ここがギリシア本土で す。それからイオニア地方、ここもギリシア人の世界です。ギリシア人はイン ド=ヨーロッパ語族。前20世紀頃からこの地方に南下してきたアカイア人、 イオニア人、ドーリア人をまとめてギリシア人という。
彼らはこのギリシア世界を統一する大きな国を作ることはありませんでした。 彼らは多くの都市国家を作ってここで生活します。その都市国家のことをポリ スといいます。
前8世紀頃にはギリシアの各地域の人々が集まって住み始めてポリス社会が形 成されてきます。集まって住むことを集住という、当たり前だね。これをギリ シア語でシノイキスモスといっています。何故か知らないけどこういう単語が 入試できかれる。

 代表的なポリスがアテネとスパルタ。 ポリスの構造も大事なので押さえておきましょう。
ポリスの真ん中にはだいたい小高い丘がある。丘の上には城塞があって戦争の 時これが最後の守りです。この城塞は神殿と一緒になっていることが多いよう です。アテネの写真を見てください。これね、ちょっと小高い丘、上に立って いるのはパルテノン神殿。この町の中心となる丘をアクロポリスという。
アクロポリスのふもとにはアゴラと呼ばれる広場があります。ここが政治、経 済の中心となる。ポリスの市民達は暇があったらここに集まっておしゃべりや 体操するのね。
その周りに市民の住宅が密集しています。
最後にそれを取り巻いて城壁が築かれている。
これが典型的なポリスの構造です。
で、このポリスの周辺に農地があってこれもポリスの領土です。
このポリスの領域は大きいモノでも日本の県くらいです。ほとんどはもっと小 さい。
こういうポリスがギリシア本土やイオニア地方にいっぱいあるわけです。

ポリスには三種類の身分の住民がいます。
まずは貴族。
それから平民。
この二つの身分が市民です。
そして、奴隷と外人。彼らは市民として扱われません。
ギリシアは奴隷制社会で、だいたいの市民は奴隷を持っていて、彼らに畑仕事 をやらせていたようです。あと、鉱山なんかで奴隷は働かされていた。
外人は商売のために来ている者が多い。

 アテネの写真を見ても分かるように、ギリシアというのは山が多いのね。大き な平野はあまりありません。だから山の斜面で農業をする。雨もあまり降らな いから穀物生産には向かない。何を作っているかというと、果樹栽培で、ブド ウとかオリーブを盛んに作る。
しかし、これはワインやオイルの原料にはなるが、主食としてオリーブばかり 食べてるわけにはいかないでしょ。で、ギリシア人はどうしたかというと、こ れを海外に持っていって穀物と替えてくるわけです。大穀倉地帯のエジプトな どと貿易する。というわけで早い時期からギリシアでは海上貿易が盛んにおこ なわれていました。
有名な哲学者のプラトンも果樹園を持っていて収入源はエジプトとの貿易だっ たらしいです。

貿易で儲けて豊かになってくると人口も増える。ところがギリシアは狭いし人 が増えても住むところがない。
これを解決する方法が二つあった。
一つは海外植民です。黒海沿岸や、イタリア半島、シチリア島等にどんどん植 民していきます。植民市なんていうんだけどね、これが増えれば母市も一層貿 易に有利だね。
イタリア半島の南端やシチリア島沿岸はそういうギリシア人のポリスがたくさ ん出来てマグナ・グレキア、大ギリシアなんて呼ばれました。
もう一つがギリシアの内部でよそのポリスから土地を分捕ってくることです。
そんなわけでギリシアではしょっちゅうポリス同士で戦争をしています。

 ところが、戦争ばかりしているんだけれども、彼らはお互いギリシア人だ、と いう同胞意識も強く持っていました。

どんなところで同胞意識を持つかというと、まずは言葉。
ギリシア語以外の言葉を話す人たちのことをバルバロイと言って軽蔑していた。
バルバロイとは汚い言葉を話す人たちという意味です。ベロベロバロバロ言っ てるように聞こえたんだろうね。これがバーバリアン、野蛮人という英語の語 源です。

それからギリシア全土が参加するいろいろなお祭りがあった。代表的なのがオ リンピアの祭典、いわゆるオリンピックです。
これは前8世紀から4年ごとにずっと開かれます。各ポリスから選び抜かれた 選手達がオリンピアに集まって、円盤投げとかレスリングとか、戦争に直接関 わるような競技が中心ですが、それで栄誉を競い合うわけです。優勝しても賞 金とかないけれど、全ギリシア世界にその名前がとどろき渡って、優勝者の彫 像が作られて神殿に奉納されたりする。名誉なんですよ。
重要なのが「オリンピックの平和」というものです。エリスというポリスがオ リンピアの祭典を主催するのだけれど、開催前にはエリスから開催を告げる使 者が全ギリシアのポリスをめぐってすべての戦争の休戦を告げるんです。オリ ンピックは三ヶ月間やるんだけれどその間一切戦争は禁止なわけ。各ポリスは これをちゃんと守るんですな。

近代オリンピックはクーベルタンという人がこの古代オリンピックを理想とし て始められた。平和の祭典とか言うけれど実際にはどこかで戦争をやっていま す。もとになっている文化が違うから、なかなか古代ギリシアのようにはいき ませんね。

何故、ギリシアではスポーツ競技会のために戦争まで中止したかというと、オ リンピックそのものがゼウス神に捧げる儀式なんだね。宗教行事と言ってもい いでしょう。
ペルシアの大軍がギリシアに攻め込んできた時にも、オリンピックは開催して いるんです。神に捧げる儀式だから、やめたくてもやめられないような性質の ものだったんでしょうね。
休戦を破ったらどうなるかというと、オリンピックの参加権がなくなる。それ から、デルフォイの神託がもらえなくなる。デルフォイの神託というのはデル フォイ神殿の巫女さんのお告げです。霊験あらたかでギリシア人みんなが信じ ているのです。なんだかんだ言っても当時のギリシア人も困ったときには神の お告げをきくんだね。それが出来なくなるのは困るわけです。

それからオリンピックは女人禁制です。会場は神聖な場所だからですよ。見物 客は4万人位集まったといいますが、みんな男。そして選手はみんな裸。トレ ーナーも裸。なんだかね。古代ギリシアは男の世界です。

2アテネの歴史・貴族政治

 ギリシアの代表的なポリスであるアテネを通してギリシアの歴史を見てゆきま しょう。
大きく分けて、アテネの政治は貴族政治、財産政治、僭主政治、民主政治とい う順番に進んでいきます。
まず、貴族政治。前8世紀頃、記録に定かな段階では、すでに王はいなくて貴 族が政治を担っています。ところが、海外貿易が盛んになって貨幣経済が進展 するにつれて、平民の中に非常に豊かな者達があらわれてきます。
この豊かになった平民達がやがて重装歩兵となってポリス防衛戦争に出陣する ようになります。

 この重装歩兵というのが重要です。
当時のギリシア人にとってポリスを守るために戦争に出るというのは非常に名 誉な事だった、というのを頭に入れておいてください。
この時代は戦争にいくのは貴族でした。貴族は騎兵。馬というのは維持費がか かるからね。
しかし、金持ちになった平民も名誉ある戦に出陣するようになる。その時の兵 種が重装歩兵です。どんな格好をしているのか資料集で確認。青銅の兜に丸い盾、足にはすね当てをはめています。鎧は革製のようです。

重装歩兵青銅像 足甲をはめる重装歩兵
重装歩兵青銅像
前6世紀末
右手には槍があった
足甲をはめる重装歩兵


武器は鉄の穂先の付いた槍です。
鉄はまだまだ高価なモノですし、もちろん全部オーダーメードだから、よほど 金持ちでないとこんな装備を手に入れることは出来ない。装備のない者は戦争 にいっても何もできませんから、戦争に行く権利がないわけです。ここのとこ ろを教科書は「武器自弁の原則」なんて難しい言い方をしています。
さて、金持ち平民達が武具を揃えて出陣し、貴族と対等にポリス防衛に活躍す るようになる。「貴族と同様に市民の義務を果たしているのだから、参政権も 与えよ」と、要求するようになります。これが、民主政治始まりの第一歩です。 戦争の仕方も貴族の騎兵から重装歩兵に比重が移ってきます。貴族も重装歩兵 を頼りにするようになるわけだ。

重装歩兵の戦闘方法はこんなふうです。

重装歩兵の密集隊 重装歩兵の密集隊

赤色=盾

青色=長槍

前列の兵は槍を前に突きだし、
後列の兵は槍を上向きに持つ

歩兵は一列8人が8列で方陣を組みます。彼らはぎゅっと密集して隊列を組む。
これを密集隊、ファランクスといいます。それで2メートル以上ある槍を前に 突きだして敵の部隊に向かって突進する。敵も同じように突っ込んでくるから、 槍ぶすま同士がぶつかるわけだね。前の列の兵士が倒れたら後ろの列の兵が前 に詰めてその穴を埋めた。こんなふうにして何度も突撃を繰り返す。
恐ろしいと思うよ。だけど、密集隊の中の兵士がびびってしまって歩調を乱し たり、列から逃げてしまったら隊列が崩れる。そこを突撃されたら負けてしま うわけ。
だから、兵士一人ひとりが「ここで自分が怖じ気づいたら負ける、共に隊列を 組んでる仲間が死んでしまう、だから逃げられない」、という意識を持ってい る方が強い。連帯感、団結力、共同体意識、そういうモノが強い方が勝つわけ だ。兵力が同じならね。
こういう重装歩兵、平民の集団が参政権を要求するんだから貴族も扱いに困る ね。
兵力は多い方がいいから平民には従軍して欲しいが、政治の独占を崩されたく もない。
ついでに言っておくと、貴族の騎兵も実は戦場に行くまで馬に乗っているだけ で、戦場に着いたら馬から下りて密集隊を組むんです。これが騎兵かと思うけ どね。だから、平民と貴族が同じ隊を組むことがあったかも知れないです。同 じ隊を組んでいて貴族だ平民だと喧嘩してたら負けるからね。

 密集隊を組むのは密度が高い方が攻撃力が増すということもありますが、防御 力も増すんです。兵士は左手に丸い盾を持っています。盾の裏側の真ん中に皮 の輪が付いていてここに肘を通す。端に握りがあってここをぐっと握る。肘全 体で盾を支える感じです。これで左半身を守って右手で槍を持ちます。自分の 右半身はぴったりくっついて並んでいる右横の兵士の盾の左半分がカバーして くれるわけです。だから、くっついていればいるほど自分が安全。そのままの 隊形で走っていくんだ。常日頃から訓練している必要があるね。
ところがこの隊形の弱点は一番右側の列。右端の兵士は自分の右半身はさらけ 出している。
だから、最前列の最右翼は一番危険な位置で、死亡率も高いはずです。重装歩 兵達はこの最前列最右翼に立つのを嫌がったかというと、それが逆なんです。
ここに立てるということは、心身共に最強だと誰もが認める人物なわけで、栄 誉ある位置だからみんな立ちたい。俺はあの戦の時、最右翼だったんだ、なん て子や孫に自慢できるのね。自分の命よりもポリスのために尽くすことを大切 に考える、そんな世界だったのです。

 話を戻しますが、重装歩兵で活躍する平民の参政権要求を認める前に、貴族達 は政治改革をおこなって平民の不満を鎮めようとしました。
これがドラコンの法(前621)です。「慣習法の成文化により貴族の横暴を 防止」しようとした、という説明ですが、今風にいえば情報公開ですね。貴族 が独占していた政治、法律情報を平民に公開した、ということ。

3アテネの歴史・財産政治から民主政治へ

 この段階では平民は政治から排除されていますから、これくらいでは不満はお さまらない。
前594年、ソロンの改革によって貴族政治はついに終わり、財産政治が始ま ります。
ソロンの改革は2つのポイントを押さえてください。
ひとつ、市民を財産によって等級分けして財産を持つ者には平民にも参政権を 与えた。要するに重装歩兵として武具を自弁できる財産のある連中には政治参 加を認めたということ。これが「財産政治」の意味です。
しかし、これだけでは財産がなくて参政権を与えられなかった平民が不満を持 ちます。そこで、貧乏で困っている平民の借金を帳消しにした。それから、極 端な貧乏平民には借金のカタに奴隷身分に落ちる者もいた。これを救った。
「債務の帳消しと、債務奴隷の禁止」とまとめています。これが二つ目です。

 貧乏平民にとってみれば借金を棒引きにしてもらったのは、ありがたいが、同 じ平民なのに財産の多少で参政権に差別をつけられるのは面白くない、やがて 彼らが不満を持ちます。いつの時代でも同じですが、金持ち平民と、貧乏平民 とどちらが数として多いかといえば圧倒的に貧乏人の方が多い。この大多数の 貧乏平民の不満を利用して非合法で政治権力を握る者が出現しました。ペイシ ストラトスという人物で、かれは貴族層から権力を奪い独裁政治を行いました。
これを僭主政治といいます。(前561~前528頃)僭主というのは、独裁 者のことと理解しておいてよいと思います(君主の堕落形態の意)。ただ、独 裁政治だから、滅茶苦茶な政治を行ったかというと決してそうではなく、ペイ シストラトスの場合は貧しい平民を経済的に助ける施策を積極的におこなって います。貴族から見たら滅茶苦茶な政治かも知れなかったですがね。

 ペイシストラトスの死後跡を継いだ僭主が前510年に追放されて、アテネに は民主政治が確立してきます。
これは三段階に分けて理解するとよい。
第一段階。クレイステネスの改革(前508年)。クレイステネスの仕事は二 つ。
一つは、貴族の権力基盤となっていた古い部族制度を廃止して、地域割りで新 しい部族を創設したこと。これを10部族制といいます。今でいえば国会議員 の選挙区の区割りを大物議員や与党に不利なように変えてしまうようなモノか な。分かります?これによって貴族は名ばかりの存在となりました。
二つめが、陶片追放制度の実施。これは面白い制度で、独裁者、僭主の出現を 未然に防ごうというものです。投票するんですが、まだ紙がないから瓦のかけ らなどに有力者の名前を刻んで投票する。その時に自分の「嫌いな人」の名前 を書くんだね。将来独裁者になりそうだなと、思う人物をね。6000票以上 投票された人は10年間アテネの町を追放になるという制度です。
クレイステネスの改革によって、貴族と僭主はなくなった。だから政治の主体 は市民ということになる。この市民とは名前だけの貴族と金持ち平民です。
この段階ではまだ貧乏平民は参政権がありません。 この人達も政治に参加できるようになったのが、前5世紀前半のペルシア戦争 を通じてでした。

2005.5.4訂正 重装歩兵の防具を鉄製としていたのを青銅製とあらためました。
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世界の歴史 2 ギリシアとローマ 中公文庫 H 3-2 こちらの中公文庫版は、古いシリーズ。しかし、読み物としては、一番読みやすくて基本的。入門としては、最適と思う。品切れ(絶版?)間近。


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