時間切れ!倫理

 11 フロイト派精神分析への批判

 フロイトによって始められ、ユングらによってさらに発展した精神分析は、とくにアメリカで流行しましたが、1960年代頃からだんだん人気がなくなります。なぜか。

 プリントに心の病気の三つのレベルを書きました。

 @神経症レベル、A人格障害レベル、B精神病レベル。

 @からBにいくほど、重篤(じゅうとく)になる。フロイトの流れをくむ心理学が治療の対象にしていたのは、主に@神経症レベルの患者でした。ところが、1960年代になって、この神経症レベルを治療する薬が登場するのです。神経伝達物質とその働きが解明されるなど、脳科学が進歩してくるわけです。
 フロイト流の精神分析は、治療に非常に時間がかかります。1回50分の治療を、週に4回以上受診しなければならない。それが2〜3年は続くのです。しかも一回の診療料も馬鹿にならない。薬で治るなら、みんな薬の処方を希望しますよね。そういうわけで、精神分析は衰えた。

 また、フロイト流の心理学に対する批判も、別の考えを持つ精神科医・心理学者からあがってきます。クラインという人は、フロイトの精神分析は「分析家が神になっている」という。治療室において、分析家の解釈は絶対です。患者はそれに納得するしかない。「あなたが封書を開けるのが怖いのは、父親を殺したいからです」といわれて、「そんなことあり得ませんよ」と私が反論しても、「それは無意識だから自覚できないのです」といわれたら、それ以上反論しようがない。ただただ、お医者先生のいうことが正しい。神のお告げと同じです。それはおかしいのではないか、という批判です。

 シェーファーという人は、「いつでも人間は、自分の意志で動いている」といった。「無意識なんか関係ないぜ」というわけです。「人生は物語だ」とも。人は、「世の中はこんな風になっている、周りの人間は皆こんな風に思っている」という自分独自の物語を持っていて、それに基づいて行動している。その物語がゆがんでいると、生きにくくなる。悪い物語の修正が分析家の役割だというのです。ここでも、無意識や元型は関係ない。

 話は戻りますが、心の病気のB精神病レベルは、統合失調症など重たい精神病です。妄想に悩まされたりする。日常生活を営むことができないレベルです。ところが、これも治療薬が開発される。そうすると、薬で解決できないのは、A人格障害レベルに絞られてくるわけです。
 これは、@の神経症のような身体症状はありません。また、B精神病レベルのような、妄想もない。対人関係に問題のある患者たちです。@とBの中間なので、ボーダーラインともいいます。
 ボーダーラインの特徴は、人間関係がうまく作れないこと。すぐにキレる、相手の都合が考えられない、といった特徴を持ちます。たとえばストーカー。自分が相手を好きになると、相手の都合は一切考えられない。つきまとう。つきまとえば、相手も自分のことを好きになってくれると勝手に思い込んでいるわけです。

 そこで、精神科医たちはボーラーライン患者治療方法を模索します。しかも、批判の高まっているフロイト流ではないアプローチで、です。

※この項は、和田秀樹『痛快!心理学 (痛快!シリーズ)』(集英社インターナショナル、2000)に拠っています。

 2021年03月19日

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