時間切れ!倫理

 13 エリクソン:アイデンティティ

 つまり、成長にしたがって形成される自己が、愛情を与えられないなどの理由で順調に発達できないと、自己愛パーソナリティ障害になると考えてよいのだと思います。自己が形成される乳幼児期が重要と考えられるのですが、重要な時期をうんと後ろに持ってきたのがエリクソンです。エリクソンは人間が自分を確立するのは、思春期の終わりころ、18歳くらいだという。彼が提出した概念が「アイデンティティの確立」です。自己同一性と訳しています。自分は何者かということがようやく確立する、それが思春期の終わりだと。

 エリクソンは1902年、ドイツで生まれます(1994没)。母親はユダヤ系デンマーク人。父親は誰だかわからない。というか、母親は父親が誰か、死ぬまでエリクソンに教えてくれなかった。かれがアイデンティティという概念を生み出した背景が、なんだかわかりますよね。
 ユダヤ教の教会に行くと、かれの風貌は北欧人のようなので、仲間として認められない。ドイツ人からはユダヤ人だと差別を受ける。父親は誰?僕はいったい何者?という感じですね。
 高校卒業後は美術学校に入るのですが、放浪生活をおくって卒業することはありませんでした。まさしく、アイデンティティの確立にもがき苦しんでいたわけです。

 その後、フロイトの娘でやはり精神分析医であったアンナ・フロイトの弟子となり、ナチスがドイツを支配するようになると、迫害を逃れアメリカに亡命しました。教科書には「アメリカ合衆国のエリクソン」と簡単に書いていますが、これだけの背景があるわけです。

 エリクソンは、ライフサイクル論という考えを出した。人は人生の様々な段階にそれぞれの課題があるという。教科書、資料集に図が載っています。このライフサイクル論で、青年期の課題は、アイデンティティの確立である、とした。アイデンティティの確立前は、混乱期であり、自分が何者かを模索してもがき苦しむのだという。親や既存の社会に反抗する。思春期ですね。社会の仕組みや日々おきるさまざまな不正に怒りを覚え、そのなかで何事もないかのように生きている親を不潔で汚らわしく感じる。また不道徳に思えて反発する。自分で自分のイライラを抑えられない。そして自分で自分をどうしていいかわからない。「僕って何?」というやつです。この時期をモラトリアムといいます。

 小此木敬吾(おこのぎけいご)という日本の心理学者が『モラトリアム人間の時代 (中公文庫)』という本を書いて、モラトリアムという言葉は、日本でも市民権を得ました(1978年初版発行)。これは、働きたくない若者が、大学などで自由な時間をすごすことを「モラトリアム=猶予期間」と呼んだもので、エリクソンのいうモラトリアムとは少し違います。注意しておきましょう。ダン・ガイリーのいう「ピーターパン・シンドローム」も小此木のモラトリアム人間と同じような意味内容です。ピーターパンは、ネバーランドというどこにもない島に住んでいる。大人になりたくなくて、成長を拒んでずっと少年のままでいる子ども、という設定です。

 話を戻します。エリクソンの青年期のとらえ方は、非常に共感をよんで、多くの賛同者を得ました。現在、教科書に載っているのも、その影響力の大きさゆえです。
 アンナ・フロイトはいいます。「思春期にこのような大混乱を経験しないと、精神的に健康な大人になれない。」確かにそんな気もします。さかのぼれば、18世紀のフランスの思想家ルソー(1712〜78)は、青年期を「第二の誕生」といった。心理学者レヴィンは「マージナルマン(境界人)」、ホリングワースは「心理的離乳」という。このあたりは試験対策的に覚えておくこと。

※「フロイトのリビドーの発達理論があくまで生物学的な理論であったのに対し、エリクソンは社会・文化・時代に適応する自我の働きに着目し、自我同一性の概念を提唱した。エリクソンの理論は、発達心理学の理論として、精神分析をアカデミックな心理学に近づけるにあたって一役買った。」(大芦治『心理学史』p234より)


 2021年03月19日

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