世界史講義録 現代史編

 13-1 動揺するアメリカの覇権 ドルショック

 ベトナム戦争の敗北によって、アメリカは様々な方針変更をせざるを得なくなりました。 一つは外交。ベトナムが統一され、ベトナム全体が社会主義政権になる。アジアにおける社会主義国の勢力の拡大ですね。こうなると、アメリカは、アジア外交戦略を練り直す必要が出てくる。ニクソン大統領は、これまで無視していた中華人民共和国との関係改善が必要だと考えた。だから、ベトナム撤退以前に、ニクソンは訪中をした。ベトナムにおける米国の影響力低下を見越しての行動です。台湾よりも、中華人民共和国の関係を重視せざるを得なくなった、ということです。
 それから、ベトナム戦争の戦費支出による財政赤字。これがドル=ショックという形で現れます。今日の話は、これです。
  アメリカ現代史に、非常に大きな足跡を残したドル=ショックとは何か。第二次世界大戦後、世界貿易が順調に発展するようにブレトン=ウッズ体制( IMF体制)が取られました。その中で、ドルが基軸通貨、世界のお金の基準となります。ドルを中心に固定相場制が作られた。現在は変動相場制で、ドルと円、ドルとユーロなどの交換レート(為替相場)は、日々の経済動向によって、各通貨の売り買いによって決まってくる。輸出・輸入に携わる人々は、その変動相場の動きを見ながら商売をしなければならない、非常にめんどうくさい。
 ドル=ショック以前は 、IMF 体制の下で固定為替相場制だった。 1ドルは360円に固定されていました。1ドルは何ポンドか、1ドルが何マルクかも、全て固定されていました。ドルを基準に、各国通貨の為替が固定されていたので、貿易は非常にやりやすかった。
 なぜ、ドルが世界のお金が基準になったかというと、前にも話したように、アメリカの中央銀行にあたる組織は、各国の通貨当局の要請があればドルを金と交換したのです。第二次世界大戦後において、自国の通貨を金と交換する唯一の国がアメリカでした。そもそも金は貴金属としての価値があり、紙幣が普及するまでは銀と同様に貨幣として用いられていた。また、その採掘量は少なく、価格は極端に変動しない。価格の安定している金とドルがリンクしているので、ドルの価値は安定していた。だから、ドルが世界のお金の基準となりました。
 ドルと金が交換できるように、アメリカの中央銀行には多分大量の金が備蓄してあったはずです。大量の金を持っていなければ、どこかの国がドルとの交換を要請した時に、交換できませんからね。だから大量の金が準備されていた。
 だから、世界各国はアメリカのドルを信用していた。ところが、10年以上にわたるベトナム戦争で、アメリカは大量の軍事費の支出を迫られた。しかも、ベトナムでやっている戦争にどれだけお金を使っても、アメリカにとっては何の利益もありません。18世紀の戦争ならば、例えばイギリスがインドを侵略する戦争でお金を使っても、インドという植民地が手に入れば、多少は儲かるかもしれない。しかし、アメリカは、ベトナムを植民地にするつもりで戦争やっているわけではない。南ベトナムの社会主義化を防ぐためだけです。もし南ベトナムの社会主義化を防ぐことができたとしても、アメリカが儲かるわけではない。
 南ベトナムの社会主義化を防ぐためだけに、10年以上もお金を浪費しつづけ、結局負けた。ベトナムから撤退した。ベトナムから撤退した理由の一つが、この戦費の拡大による財政難です。
 また、ベトナム戦争による財政難は、アメリカの中央銀行が準備していた金の備蓄を減らし続けた。もしも日本やイギリス、どこかの国が、ドルと金の交を要求した時に、交換できなくなっていたのです。なので、もう交換しませんと宣言した。これがドル=ショックです。ドルと金の交換を停止した。難しい言葉では、金兌換停止といいます。
 この結果、ドルと金のリンクが切れる。金とドルを交換しないから、ドルの価値がわからなくなる。ドルの価値がわからなくなると、1ドルが何円かわからなくなるし、何マルクかも、何ポンドかも分からなくなる。このことによって、貿易をやっている人々が非常に戸惑うことになる。簡単にいったら、トヨタカローラ1万台をアメリカで売った時に、何ドルを受け取ったらよいのか、それが分からなくなるということです。
 ドルと金の兌換を停止すれば、世界の経済に非常に大きな打撃を与えることが分かっていたけども、もう交換できないので、兌換停止に踏切るしかなかったというのが、ドル=ショックです。繰り返しますが、ドル=ショックはベトナム戦争による財政難の結果です。その結果、世界は変動相場制に移行します。世界の経済に大きな打撃を与えますが、特に資源を輸入し、工業製品を作って売ったり買ったりしている世界の先進資本主義国に大きなダメージを与えました。
 これ以来、現在まで、ずっと変動相場制が続いています。変動相場制に移動した後どうなったかというと、円の価値はどんどんと上がっていきました。1ドル360円が300円になり、280円になり、150円になり、一番すごい時には70円ぐらいまで行ったことがありますが、今はまたちょっと戻って110円くらいかな。
 一貫して円高が続いています。昔は360円を払わなければ1ドル買えなかったのが、1ドル100円になれば、300円払えば3ドル買える。これが、円が高くなっているということです。パッと見ると、1ドルとの関係で円の数字が小さくなっているので、安くなってるように見えますが、逆に、いくらで1ドルが買えるかと考えてください。360円払って1ドル買えたのが、今は110円払えば1ドルが買える。ドルがの価値が下がっているでしょ。円から見れば、円が高くなっている。
 円高傾向はずっと続いているのですが、細かく110円なのか108円なのか、113円なのか、こういう違いが何千万円や何億円という単位の取引になると、非常に大きな差になってくる。たまにテレビでやっていますが、各国通貨を交換する取引所があって、例えば1億円払ってドルを買いたいと申し出る人がいると、〇〇億ドルなら売ってもいいという人が出てきて、折り合いがついたら売買が成立する。成立した時の値段がその時の相場です。売買成立と同時に、為替相場は刻々と変化します。非常に面倒くさい。固定相場制に比べると、世界貿易が不安定化していくということになります。

 2021年09月18日

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