世界史講義録 現代史編

 18-1 民主化の進展 韓国

 「民主化の進展と停滞」ということで、まず韓国の話から行きましょう。
  韓国初代大統領李承晩が民主化運動で失脚した後、短期の大統領が続きますが、その後1963年のクーデターによって、軍人だった朴正煕の独裁政権が敷かれます。
 朴正煕は以前にも紹介しました。 かなり強権的で、政府の首脳陣もピリピリして彼の顔色を伺っている感じです。政敵をすぐ捕まえて監獄に送り込むような感じだった。
 そんな中、KCIA(韓国中央情報部)というアメリカの CIA のような組織の長官が、1979年に朴正熙大統領を暗殺します。自分が信頼している情報部の長官に暗殺されたんだ。その前にも暗殺未遂事件があって、彼は無事だったのですが大統領夫人が殺されたりもしています。
 この暗殺事件で独裁者である朴正熙が死ぬ。これでようやく民主的な政治が実現すると期待する人が、たくさん表に出てきました。民主化を求める動きがものすごく盛んになります。その中で起きたのが1980年の光州事件です。
 プリントには「民主化を求める市民を軍事政権が弾圧」と書いてありますね。光州という都市は全羅南道という地域にあります。ここで民主化運動が非常に盛り上がるのですが、ここに軍隊が投入されて民主化を求める市民達を大弾圧します。
 朝鮮半島には地域差別がものすごくあり、全羅道の人達は他の地域の人たちから差別されているらしい。理由はわかりません。そういう伝統らしいです。光州への軍隊投入と大弾圧の背景にはこういう差別意識もあったという報道も当時ありました。
 光州事件に関する映画は韓国で何本か作られています。『タクシー運転手 約束は海を越えて』『光州5・18』の二本は見ました。『タクシー運転手』はドイツ人の新聞記者が取材のために光州に入りたいと思う。 ソウルで雇ったタクシーに乗って光州まで行くのですが、光州に入るまでが一苦労で、主要な道が封鎖されている。それを運転手が苦労して脇道をを使いながら光州までたどり着く。何も考えていなかったタクシー運転手なのですが、外国人新聞記者と一緒に光州の町について、様々な事件を目撃して何が行われているかを知るというそんな筋立てです。ドイツ人新聞記者が命がけで光州に入って、そこで起きている事件を世界に報道したというのは実際の話です。
 『光州5・18』はズバリ軍隊と光州市民との戦いを描いていて興味深かったです。この映画を見ていて、つくづく思ったのは韓国では徴兵制があって、男子は二十歳前後の時期に2年間ぐらい軍隊に入る。軍隊で何をやるか。銃を撃つんですよ。武器を扱う訓練をするわけです。だから韓国の人は成年男子は皆武器を扱える。これが日本と全然違う。軍隊が光州にやってきて弾圧が始まると、市民たちが武器庫を襲って武器を手に入れて軍隊と対峙するわけです。だから弾圧もすさまじいものになる。こんなこと日本では絶対ありえない。私は本物の銃を見たことすらありませんからね。
 世界に報道されて、光州事件は非常に有名になります。 韓国の政府は世界的に非難されたわけですが、朴正煕大統領暗殺後の混乱の後、大統領に就任したのは光州の民主化運動弾圧を命じたといわれる軍人全斗煥(ぜんとかん、チョンドゥファン)です。この人も朴正煕に引き続き軍事独裁を行いました。
 ところが、1985年ソ連でゴルバチョフが書記長に就任します。彼はソ連の改革に着手する。アメリカともどんどん仲良くする。最終的にゴルバチョフの改革でソ連がなくなるってしまいます。つまりゴルバチョフが登場してから冷戦構造が緩むのです。冷戦が終わることを世界が予感した。
 何回も話したように、世界各地、アジアやラテンアメリカの独裁者たちが、なぜ独裁政治ができたかというと、アメリカの後ろ盾があるからです。これらの国々で民主化運動が起き、その延長で社会主義政権になったら困るから、世界各地の独裁者をアメリカが支えていました。朝鮮半島では、アメリカは朴正煕なり全斗煥なりの独裁者を裏から支えています。資本主義を守るためです。
 ところがゴルバチョフが登場し、ソ連が社会主義ではなくなって行く感じになる。そうなると独裁者に対するアメリカの支えも小さくなっていくだろう。全斗煥はそういうことを敏感に察します。さらにこの頃から韓国の経済はどんどんと成長し始めてくる。韓国はずっと発展途上国と言われていたけれども、先進国の仲間入りができそうになってきます。先進国の仲間入りをしたい。サミットに呼ばれたい。先進国の基準とは何か。経済発展していることは当然あるけれども、民主政治が行われていることがやはり大きな条件です。軍事独裁政権が国が先進国とは認められないでしょう。
 全斗煥は韓国を先進国入りさせたい。となると自分が軍事独裁政権をしているけれど、このままではダメだと思う。冷戦構造も消えるだろうと考える。アメリカの支えがなくなるとすれば、軍事独裁政権のままではダメだ。民主政権に移行しなければだめだと考えた。
 さらに経済発展の証として、全斗煥はオリンピックを招致に成功し、1988年にソウルオリンピックを開催することが決まりました。軍事独裁国家でオリンピックなんか開かないですよね。彼はオリンピックまでに民主化すると約束したのです。これが世界的な公約です。
 彼は自分は次の大統領にはならないと宣言する。次の大統領は民主的な選挙で選ぶ、そして韓国は民主化しますと約束し、実際にその通りにしました。
 1988年オリンピックの年に、何十年かぶりに本当に公正な大統領選挙が行われ、新たな大統領が選ばれました。選ばれた大統領は盧泰愚(ノ・テウ)と言います。このあたりから韓国はものすごく変化していった。僕らが若い頃に感じていた暗くておどろおどろしい国から大変身を遂げていったのです。こうして韓国は先進国に脱皮していった。
 ただし民主的に選ばれた盧泰愚大統領は、軍人出身でした。選挙の時に、全斗煥は私の後継者は盧泰愚ですとみんなに推薦した。対立候補がいたのだけれども、選挙をしてみれば盧泰愚が大統領となった。確かに民主的な手続きで大統領が選ばれたのだけれども、軍人出身だし独裁政権をやっていた全斗煥の後輩ということで、これは完全な民主化なのかなあとちょっと疑問がありました。
 ところが次に大統領に選ばれたのは、本当に軍人でも何でもない人でした。それが金泳三(キム・ヨンサム)です。彼は独裁政治が行われていた時に民主化運動をやっていた反体制派の政治家です。だからこの人が当選して、韓国は本当に民主化したんだなと私は思いました。多くの人が、そう思ったのではないかな。
 さらにその次大統領に選ばれたのが、朴正煕時代の反体制政治家、民主化運動の超有名リーダー金大中(キム・デジュン)でした。日本でものすごく有名な人だった。金泳三が将棋の金か銀の駒だとすれば、金大中は玉ですね。
 金大中は朴正煕時代に大統領選挙に何度も出て、何度も逮捕され何度も投獄された人として有名です 。特に金大中事件という事件が有名です。大統領選挙で朴正煕と争っていた金大中が東京にやってくる。東京のホテルに泊まっていたら金大中が何者かに拉致されるのです。どこかに連れ去られたと大騒ぎになっていたら、後から韓国の情報部が金大中を拉致して連れ去ったということがわかります。これが金大中事件。朴正煕の命令で韓国中央情報部が金大中を拉致して韓国に連れ去って投獄したのです。 実は日本の警察の韓国の情報部が金大中を拉致したということを知りながら見逃したということが後からわかる。これは日本の国家主権をないがしろにする行為です。主権国家である日本にいる外国人をさらっていたわけです。拉致誘拐だからこれは犯罪です。本来ならば犯人達を捕まえなければいけないのに、それを見逃した。治外法権を認めたのと同じですよね。こういう日本の警察の態度も含めて大問題となりました。結局見逃した人の責任は問われなかったし、 金大中を救うための運動が世界中で行われますが、金大中は投獄されたまま死刑判決を受けます。誰が見ても無実の人です。朴正煕のライバルだから死刑判決を受けただけです。世界中から非難を浴びて朴正煕は金大中を特赦、 国外追放にしました。拷問を受けたボロボロの顔でカメラに写されたこともある。散々弾圧された民主化運動の政治家というと日本人がまず思い浮かべるのは金大中でした。金大中はいつ出てくるのかなと思ったら民主化してから3代目の大統領としてようやく出てきた。韓国の民主化が本物だということを心の底から納得した。僕らの世代、五十歳以上の人にとっては非常に馴染み深い事件と人物でした。
 この後はいろんな人が大統領になってますね。覚えなくてもいいです。廬武鉉(ノ・ムヒョン)、李明博(イ・ミョンバク)、パク・クネ(朴正煕の娘です)、現在のムン・ジェイン。
 話が長くなりましたが、ポイントはゴルバチョフの登場によって、独裁政権が成り立たない情勢が生まれている。 全斗煥はそれを鋭く見抜いて自分から身を引き、民主化のレールを敷いた。そして韓国は先進国の仲間入りをした。
 ものすごい経済成長を遂げた。エンタメ産業も凄いですよね。IT 産業は世界の先頭を走っている。現在、平均賃金は日本より韓国の方が高い。最低賃金も日本よりも韓国の方が上。一人当たり GDP も日本より韓国の方が上です。経済的には日本よりも韓国の方が上になっている。これを知ったときはビックリしました。韓国が凄いというよりは、この30年間日本がダメダメだったのですけれどもね。

 2021年12月28日

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