時間切れ!倫理

 01 心理学への招待

 教科書は「青年期と自己の探求」から始まっています。なぜ、青年期かというと、勉強する君たち高校生が青年期だからですね。この項目の実質的な内容は心理学です。青年期だけをとりあげると、ただの暗記になってしまうので、話を心理学全体にひろげてみます。

 心理学という学問は、比較的新しい。150年くらい前に成立しました。19世紀終わりころですね。精神病の治療とともに、生まれ発展した学問です。プリントには「心と脳の違い」とあります。こころの病、つまり精神病は、皆さんも直感でわかると思いますが、脳の病気ではない。コンピュータの譬えがわかりやすいのですが、脳がコンピュータのハードウェアならば、心はソフトウェア。こころの病は、ソフトウェアのバグということですね。こういうことは、昔から直感的にわかっていた。前近代社会では、精神病患者に対してどのような治療をしていたでしょう。

 今までまじめに働いていた村の娘さんが、ある日突然、訳のわからないことを大声で叫んであばれるようになったりする。ヒステリー(神経症)と呼ばれる症状ですね。こういう人が出たら、どう対処したか。今のように精神科のお医者さんはいない。

 隔離するのは、近代以降です。昔も、座敷牢に押し込めることはあったようですが、基本的にこういう場合はお祓いをした。日本なら例えば狐憑き、西洋なら悪魔がとりついたと考えた。だから、霊媒師、巫女さん、悪魔払いの神父さんを呼んできて、祈祷をしてもらう。なにか悪霊のようなものが、外からその人にとりついておかしくなったと考えたわけです。日本でも、ヨーロッパでも発想は同じです。

※隔離について:フーコーによれば、ヨーロッパでは17世紀にハンセン病患者が減少し、収容者がいない施設が多数生まれ、ここに精神病者、貧者、売春婦、犯罪者、身体障碍者が収容され始めた。治療施設ではなく、患者は不衛生な状態で足かせをはめられ拘束されるなどひどい扱いを受けていたという。(大芦治『心理学史』ナカニシヤ出版、2016)

 19世紀初め頃になると、ヨーロッパで心の病は外から何か原因がやってくるのではなくて、その人自身の中に原因があるのではないかと考えるようになった。ここから、初めて医学的な治療の対象になります。

 19世紀末、精神病の治療で効果を上げて有名になったのが、フランスのシャルコー(1825〜93)という人です。彼は、老婦人がたくさん入院する施設で、ヒステリー症状の患者に治療をして効果をあげた。ヒステリーというのは、神経症といわれる病状の一種。身体に異常はないのに、歩けない、声が出ない、手足の麻痺、痙攣(けいれん)などの身体症状が出ます。あたかも神経に原因があるような症状が出る。けれども、神経に異常はない。エビぞりになっている患者の絵をプリントに載せてあります。こういう発作もヒステリーの症状です。

 こういう患者に、シャルコーは催眠療法というものをおこないました。患者に催眠術をかけて治療するのです。プリントにその様子を載せておきました。気を失ったように反り返って、抱きかかえられている女性が患者。その前に立っているのがシャルコーです。こんなことで、どうして治療効果が上がるのか。催眠状態の中で、患者は普通には言えない心の中のもやもやを口に出したようです。それだけで、効果が出たのですね。

※シャルコーは「睡眠はヒステリーの患者の症状を人工的に作り出した状態」と見なし、この状態で暗示によって反応を取り除いてゆくことで治療が可能」になると考えていた(大芦治『心理学史』)。和田秀樹によれば、シャルコーは患者に暗示を与え、心の奥にある葛藤を吐き出せることでヒステリーを治療した。(『 自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)』 青春出版社、2015)

 彼の治療現場にはたくさんの見学者が描かれていますね。彼の治療は評判になり、ヨーロッパ各地から精神科医が治療の様子を見に来ているのです。そのなかに、ウィーンの精神科医フロイト(1856〜1939)がいました。

【参考図書】和田秀樹『痛快!心理学 (痛快!シリーズ)』(集英社インターナショナル、2000)

 2021年03月19日

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