時間切れ!倫理

 161 ルネサンス概要

 ヨーロッパの思想は、古代ギリシアとヘレニズム時代の哲学者までやりました。また、キリスト教登場後の、アウグスティヌスの『神の国』、また中世ヨーロッパの神学者トマス・アクィナスについても触れました。
 西ヨーロッパでは、ゲルマン人の民族大移動の混乱のなかで、西ローマ帝国が滅んだあと、ゲルマン系の人々が各地を支配し、ヨーロッパは中世の時代に入ります。かつて中世ヨーロッパは、暗黒時代とも呼ばれていました。西ローマ帝国が滅びるとともに、高い水準を誇った古代ギリシア・ローマ文化が滅び去ってしまったため、そんな呼ばれ方をしたのです。
 ギリシア・ローマ文化が失われた後の、中世のヨーロッパ人文化はキリスト教文化です。ローマの文明は滅びましたが、ローマカ=トリック教会がゲルマン人への布教に成功したためです。西ヨーロッパの人々はほとんどローマ=カトリック教会の信者となります。
 ローマ=カトリック教会の教えを単純化して言えば、「人間は全て原罪を背負っている。この世に生まれてきてから死ぬまで、原罪を償うために生活しなさい。この世で楽しみを追求するのではなく、償うために生活するのです。そうすれば死んだ後、天国に行ける。天国に行って楽しめば良い。現世では償いをするのであって、喜びや快楽を追求してはだめだ」ということです。暗い、暗いのです。
 人々は、死後の救済にすがりながら生きる。死んでから天国に行けるかどうか、それは教会が決める。教会の教えにしたがっていれば、天国に行ける。教会の教えに逆らった者は、教会から破門され、地獄に落ちる。こういうローマ=カトリック教会の教えの中で、中世ヨーロッパの人々は生きていました。
 ところが14世紀くらいから、イタリア半島の人々が徐々に古代ギリシア・ローマ文化を再認識するようになる。コンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国は、衰えたとはいえまだ存続していました。しかし、イスラーム教国であるオスマン帝国の圧迫にさらされ、風前の灯火でした(1453年に滅亡)。そのため、そこから学者たちがイタリア半島に亡命してくるようになった。古代ギリシア・ローマ文化を継承する学者たちです。
 また、イタリア半島には、古代ローマの遺跡がたくさん残っている。これらにイタリア人は改めて目を向けはじめた。こんな遺跡を残したかつての文明は、いったいどんなものだったのか。キリスト教が生まれる前の世界はどうだったのか?ローマがあった、ギリシアがあった。その時代の文化はキリスト教文化とは違っていた。みんな人生を楽しんでいたのではないか。
 ということで、古代ギリシア・ローマ文化が14世紀くらいのイタリアで再発見されます。古代ギリシア・ローマ文化を再発見し、それを当時のヨーロッパによみがえらせよう、という文化運動がルネサンスと呼ばれる文化のはじまりです。「再生」がその意味です。
 概要として、「キリスト教中心の文化からの脱却」と書きました。キリスト教中心から、人間中心に発想が変わっていきます。ヒューマニズム(人文主義)とも言う。これは、元々は古代ギリシアローマの文化研究のことを指していました。
 「生きることは原罪を償うためなので、苦しいのだ」というのが教会の教えでした。しかし、ヘレニズム時代の有名な彫刻、ミロのヴィーナスを見てください。女性の裸体ですね。なぜ、あんな彫刻が作られたのか。人間の裸体が美しいと考えたからです。基本的に、生きることを謳歌していたのだと思います。
 しかし、ローマ教会は、肉体は快楽に繋がるものであり、人間の裸体を晒すことは悪だと教えていました。古代ギリシア・ローマ文化とローマ=カトリック教会の文化は、ある意味真逆なわけです。したがって、ルネサンス文化が発展すると、しだいに教会に対する批判も激しくなり、これが宗教改革につながっていきます。

 2024年10月10日

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