時間切れ!倫理

 175 イギリス経験論(再) ロック、バークリ、ヒューム

 再びイギリスに戻ります。ベーコンの経験論を引き継ぐ人々です。
 ロック(1632生)は、1年現代社会の、社会契約説のところで出てきたロックと同じ人物です。哲学者でもあったわけだ。
 心は最初は白紙(タブラ=ラサ)だと説いた。ロックは医者でもあり、出産に立ち会ったこともある。生まれたばかりの赤ちゃんは、「おぎゃー」と泣いているだけ。彼はこの赤ん坊の心の中は白紙だと考えた。デカルトは、人間の精神には神によって常識や理性が初めから備わっていると考えた。だからコギトから出発して、理性を働かせて真理に迫ることができると考えましたね。
 ロックはこれに反対して、人間の心は初めは白紙だという。良心や理性が初めから備わっているわけではない。生得観念の否定です。

 バークリ(1685生)も同じです。
 「存在するとは知覚されること」。外部世界はある。あるけれども、あるのは我々が知覚しているからあるのだ。こういう考え方を、唯心論と言います。一切は精神からできているということです。

 ヒューム(1711)も同じ。
 知覚のみが存在しており、自我は「知覚の束」であり実体はないと説きました。デカルトは「われ思う、ゆえにわれあり」、考えている自分の精神は存在しているといったのですが、ヒュームは自分の精神の存在さえ否定します。我はない。知覚の束に過ぎない。見たり聞いたり触ったりする感覚の束でしかない。昨日の自分と今日の自分が同じであることを、自身を疑う。

「感覚を取り去ったときに、「私」という意識があるのかをヒュームは問題にした。」酒井潔『自我の哲学史』
「この束を束ね、そこに統一性をもたらしているものを私自身は認識することができない。したがって、私の同一性がほんとうにあるのかどうか、私には知るすべがない」『世界哲学史6』p32、伊藤邦武

 これは懐疑論です。知覚を超えたものは不可知。因果関係も習慣が作り出した信念。
  ここは重要です。例えば炎の前に手を持っていけば、熱いと感じるので、我々は普通、火は熱いものだと考える。しかしヒュームは炎が熱いとは限らないという。たまたま、炎があるところに手を持っていったら熱かっただけで、炎の存在と手が熱くなったことの因果関係を疑います。そういう立場を貫きます。
 こういう考え方を貫いている精神は、寛容の精神です。宗教も科学もひとつの信念に過ぎない(人々は文化習慣によって世界像を作り上げている)。全てを疑っているので、「俺が正しいぜ」と言っている者同士の争いは起こりえない。 宗教や政治の対立が激しい時代において、自分が絶対に正しいという主張に反対し、何が正しいのかはわからないのだからお互いに受け入れましょうよ、という立場です。

「18世紀の思想家たちは、理性はそれだけで単独の働きとして放置すれば懐疑論に進む可能性があり、懐疑論は深刻な不安と絶望を生み出す恐れがあると考えた。・・それを克服するために、自然な社交性を回復し、共感や同情という穏やかな情念に従うのが最善であると考えた。」『世界哲学史6』p31、伊藤邦武
「フッサールによればこのような近代の(デカルト) 「独断的な客観主義」を根底から揺さぶったのは、バークリーとヒュームの懐疑論であった。つまり、デカルトはそのような客観的合理的世界が、実は「われ」の思考作業、 つまり数学的理念化の所産であることに気づかなかったが、イギリスの経験主義者たちはこの主体の構成作業に注目し、客体的世界の存在の自明性に疑いの目を向けた。」木田元『現象学』p62

2025年3月4日

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