プラトンはソクラテスより四十歳ほど年下の弟子でした。ソクラテスが裁判にかけられた時には法廷にいたようです。ただソクラテスが毒盃を飲んで死ぬ現場には居合わせてはいなかった。
ソクラテスが死刑になった後、ソクラテスの弟子たちはアテネの政府に弾圧されることを恐れてアテネから逃れて行きました。プラトンもソクラテスの死後長い旅に出ています。エジプトやシチリア島などいろいろな地方を旅して、10年以上たってようやくアテネに戻ってきます。アテネではアカデメイアという学校を設立して多くの生徒を育てました。授業料はなし、だれでも入学できる学校で、女性や奴隷も生徒として受け入れました。アカデメイアの生徒はプラトンの説を忠実に守る義務はなく、一種の研究機関と考えていいかもしれません。
プラトンの死後も、アカデミア学園は弟子たちによって続けられました。なんと西暦5世紀まで約800年間続いた。6世紀に東ローマ皇帝ユスティニアヌスが、キリスト教以外の学問を禁止したため閉鎖されました。アカデメイアという名前は、近代になって様々な団体に名づけられるようになります。例えばイギリス王立アカデミー、アメリカのアカデミー賞など。これによっても、どれだけプラトンの権威が高いかがわかるというものです。
プラトンは名門出身で、葡萄酒かオリーブオイルをエジプトに輸出していたようで、経済的には困ることはなかった。また、以前にもいいましたがレスリングをやっていて、立派な体格だったようです。古代ギリシアの哲学者たちは、ソクラテスもそうですが、肉体的にも堅固。哲学者である前に市民であり、常にポリスを守るための戦争のために体を鍛えている戦士でもあります(ただし、マケドニア王国出身でアテネで活躍したアリストテレスは違う)。
プラトンは多くの著作を残しており、その著作には彼の先生であるソクラテスが登場します。ソクラテスが主人公として活躍するという設定で、代表作である『ソクラテスの弁明』は、裁判でのソクラテス自身の弁論という形をとり、『クリトン』は獄中に脱走を勧めにやってきたクリトンとソクラテスの対話という体裁。『饗宴』は、徹夜の宴会でソクラテスを含む仲間たちがエロースについて語り合った話。『パイドン』とか『メノン』とかはソクラテスと議論する相手の名前が題名になっています。ソクラテスの正義論・国家論を記した『国家』は、人名がタイトルではありませんが、これも含めてその著作は会話文で成り立っているので、哲学の本という感じはあまりしないし、抵抗なくするすると読むことができます。会話の中に、プラトンの考えが盛り込まれているわけです。
実はソクラテスの考えは、プラトンが書き残したこれらの本から導き出されたものです(プラトン以外にもクセノフォーンの『ソクラテスの思い出』がありますが)。ですから実際には、ソクラテスの考えにどこまでプラトンの考えが入っているかは微妙な問題です。プラトンはソクラテスの考え方を受け継いでいますが、ソクラテスの考えそのままではないので、自分の考えをソクラテスの言葉に忍ばせてソクラテスに語らせているという面は多いかもしれません。
※次回に出てくるが、『饗宴』に、人間はもともと双頭で四本の手と足を持っていたが、神によって分割されたというエロースに関するエピソードがある。これはプラトンの説として有名だが、じつは作中アリストファネスによって語られる。実在のアリストファネスは『雲』という劇作においてソクラテスをソフィストとして嘲笑した人物。このエロースのエピソードを、プラトンは与太話としてアリストファネスに語らせているのか、自らの思いを語らせているのか。私には判断がつかない。アリストファネスに語らせているから、このような疑問が生じるのだが、ソクラテスの台詞(せりふ)についても気にし出せば、きりがないだろう。
【参考図書】
ソクラテスの弁明 (光文社古典新訳文庫)
ソクラテスの弁明 クリトン (岩波文庫)
饗宴 (岩波文庫)
パイドン―魂の不死について (岩波文庫)
メノン (岩波文庫)
国家 上 (岩波文庫),
国家 下 (岩波文庫)
クセノフォーン ソークラテースの思い出 (岩波文庫)