時間切れ!倫理

 82 ムハンマドの生涯

 ムハンマドは610年頃から預言者として宗教活動を開始します。預言者とは神の言葉を預かるものですね。ムハンマドは、ブッダやイエスに比べれば新しい時代の人なので、その生涯についてはわりと細かいことが分かっている。そのためか、自分なりに彼の心の動きが推測できて、個人的には一番好きというか、共感できる部分が多いように感じます。
 孤児として育ったムハンマドは、成人してからは人に雇われて商売をしていました。メッカにハディージャという裕福な未亡人がいました。女性が表立って商売はできないので、彼女はムハンマドを雇って自分の代わりに商売をさせていた。遠隔地交易をしていたのでしょう。その働きぶりがよかったのか、やがてムハンマドはハディージャにすごく気に入られてしまい、25歳の時にハディージャからプロポーズされます。この時ハディージャは15歳年上の40歳です。
 これは、ちょっと考えるね。 ハディージャは金持ちですよ。天涯孤独で一文無しのムハンマドに、「結婚しない?」といってくる。ムハンマドは雇われている身だから、彼女から仕事を請け負うたびにお金をもらっています。でも結婚してお婿さんになったら、「ただ働き」になりますよね。自分を「ただ働き」させるためにプロポーズしているのかな?とか考えたはず。
 また15歳も年上だから、もし結婚したらムハンマドは財産目当てであのおばさんと結婚したと噂されるだろうとも考えたはずです。
 しかしムハンマドは彼女が本当に愛してくれているのならば結婚してもいいという気持ちもあった。そこで色々な人を通じてハディージャの本心を確かめようとした。彼の迷いが手に取るようにわかる。
 結局、ハディージャは本当に自分を愛しているようだという結論に達して、ムハンマドは彼女と結婚します。 この「歳の差婚」は現在でもなかなかありえない。昔のことだから非常に珍しかったと思う。でも分かりますね。彼は幼い時に母親を亡くしているから、年上のハディージャに母の面影を重ねたのではないでしょうか。そういう想像がすごくつきやすい人なのです。
 お金持ちと結婚したので、ムハンマドの生活は安定します。自分で汗をかいて遠い街まで出かけなくてもよくなる。中年を越えたあたりから、趣味に没頭したようです。趣味が瞑想です。メッカ近郊のヒラー山に登り、山の洞窟にこもって瞑想するのが趣味でした。暇ができては山にこもって瞑想する。この辺からちょっと宗教的になってきますね。
 四十歳くらいの時、山にこもって瞑想していると、いきなり目の前に魔人が現れ、体は金縛りにあったように締め付けられるということが起きた。魔人は文字を書いた羊皮紙を目の前に突きつけて「よめ」といった。ムハンマドは金縛りにあったまま「読めません」と叫んだ 。何故かというとムハンマドは字が読めなかったのです。
 しかし魔神はさらに「よめ」、と体を締め付けてくる。あまりの苦しさに思わず口を開いたら、バーッと言葉が出てきた。自分ではわからないのだけれども、多分魔人が持っている書き物に記してあることが口をついて出てきたのです。そうしたら急に体を締め付けていた力が消え、 魔人も消え、解放されて、彼は慌てて山から降りて家に帰っていった。
 しかし、自分が体験したことを妻のハディージャにも、誰にもいいません。なぜかというと、ムハンマドは自分は発狂したのではないかと思ったのです。当時、砂漠で迷ったものにはジンという魔物がとりつくと信じられていましたから、自分がそういう状態になったのかもしれないと思った。人は心に傷を負うような出来事に遭遇すると、なかなかそれを口に出して人に伝えることができないものなのですが、私が思うにこのときのムハンマドはその状態です。

 2022年6月11日

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