時間切れ!倫理

 83 イスラームの誕生

 やめとけばいいのに、 ムハンマドはそれからもしばしば山に登って瞑想しているのです。そして、また魔人が現れるという体験をたびたびした。こうなるとムハンマドはさすがに自分一人の心の中にそのことをしまっておくことができなくなった。ついに、年上の奥さんハディージャに打ち明けた。「俺は狂ってしまったのだろうか。」ものすごく人間的ですよね。超越的な人ではない。
 話を聞いた彼女も心配になったでしょう。でも妻としては夫を励ました。「そんなことないわよ」。一方でハディージャは、いろいろな人のところに回って相談をした。親戚の中にキリスト教徒のいとこがいた。当然アラブ人ですよ。ここまでキリスト教が広がっていたのですね。
 彼はハディージャの話を聞いて「ああ、そういうのは昔にもあったんだよ。聖書に書いてあるぜ。アブラハムとかモーセとか、神の声が聞こえるやつがいるんだ。お前の婿もそうじゃないか」。ハディージャはそれを聞いて、家に帰ってムハンマドに伝える。ムハンマドは半信半疑ながら「そうかな」とも思いました。
 その後もしばしば魔神が現れ、彼にいろんなことをいってくる。自分が発狂しているのか、もしくは神の声が聞こえているのか、どちらかです。何回もそういう体験を繰り返すうちに、ムハンマドは「これは神の声だ」と信じ始めます。そう思って頭の中で鳴っている声を聞くと、その声は「自分の教えを人々に広めろ」といっているわけです。これが神の声だと信じたならば、その声の通りにせざるを得ません。神の教えを伝えるしかない。こうしてムハンマドは預言者として活動するようになりました。
 ところが、「私には神の声が聞こえる」といっても信じてもらえるわけがない、と彼自身は思います。自分だって最初は信じていなかったからね。「神の声だといってもダメだよな」と思うから、 最初は街角に立って不特定多数の人に布教することは、勇気がなくてできない。
 そこで誰に最初に布教したかというと奥さんです。ハディージャは夫を信じて信者になりました。信者第1号です。その後は次々と自分の親戚を回って、「実は神の声が聞こえているんだけども信じてくれますか」という。大体話は聞いてくれるけども信じてはくれない。しかし、何人かは信者になってくれました。親戚を回り尽くしてしまうと、後は嫌でも街角に立って、不特定多数に布教するしかなくなる。自分の友達、知り合い、商人仲間に布教を始めます。
 そうすると商人の仲間たちはみんな言うわけです。「どうしたんだ、ムハンマド。お前は財産も地位も築いているじゃないか。いい年をしてバカなことをいうんじゃない。信用を落とすようなことをするなよ」と彼の身を案じて言ってくれます。しかしムハンマドとしては神の声だと信じているので、 そういう昔の仲間の助言は迫害なのです。ためにいってくれる仲間たちとだんだん対立するようになる。ムハンマドは商人仲間たちに非難の言葉を浴びせるようになり、仲間たちは本当に迫害を始めるに至ります。
 メッカの町では迫害がひどく、この街では信仰を維持できないと考えたムハンマドと信者達は、 メッカの北にあるメディナという町に移住することにしました。この移住をヒジュラといいます。この時の信者の数は70人ぐらい。まだまだ小さな新興宗教ですね。
 ところが、ヒジュラの後はどんどんと信者が増え始め、やがてムハンマドは信者の戦士を率いてメッカを征服し、晩年にはアラビア半島のアラブ人全体をイスラーム教で統一しました。
 アラブ人たちはまだ国家形成以前の段階だったので、イスラーム教という宗教がアラブ人に広まることが、国としてまとまることと同じ意味を持ちました。だから8世紀なかばくらいまでは、イスラーム教=アラブ人国家なのです。 ムハンマドは預言者として信仰の中心であると同時に、アラブ人の政治指導者となりました。キリスト教や仏教とは、成り立ちが少し違いますね。
 アラブ人を統一し、ムハンマドは630年に亡くなりました。

 2022年6月20日

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