17世紀、18世紀の政治思想の話に入っていきます。
ルターやカルヴァンの登場以降、ドイツやフランスでは宗教戦争が起こります。特にドイツの三十年戦争は、ドイツだけではなく、フランスやデンマークなど各国の介入を招き、大規模な国際戦争になりました。戦争で、一番の被害を受けるのは一般民衆であり、この戦争で、ドイツは荒廃し人口も激減します。こういう中で、国家が守るべきルールがあるのではないかと考えたのがオランダのグロティウスです。
グロティウス(1583生)は、自然法の考えを確立します。人間の本性にもとづく普遍的な社会のルール、国家や政府が生まれる前から存在するルール、これが自然法です。グロティウスは、自然法の下で、すべての人間は自然権をもつと唱えました。この考えは、明治時代に福沢諭吉が唱えた天賦人権思想の出発点です。
自然法や自然権が存在すると考えれば、戦争にもルールがあるはずだよね、ということになる。グロティウスは国際法の制定を提唱しました。
また、イギリスやフランスでは商工業で経済的に力をつけてきた市民階級、いわゆるブルジョワジーが、政治的な権利を要求して登場してきます。しかし当時、国王が大きな権力を握っている絶対王政の時代です。絶対王政の国王たちは、市民階級を押さえつけている。この状態の是非を、自然権の考え方を使って説明する政治思想が登場します。これを社会契約説といいます。この考えは、17世紀にピューリタン革命、名誉革命という政治変動を経験したイギリスで生まれます。
ホッブズ(1588生)は、「なぜ王は権力を振るうことができるのか」と考え、その根拠を次のように説きました。
ホッブズは、政府が生まれる前の状態、国家が成立する前の状態を想定します。これを自然状態と名付ける。この自然状態の中で、人々はバラバラなのですが、一人一人には自然権がある。自然権があるので、誰もが自由に行動しても構わない。
次がポイントなのですが、ホッブズは人間には利他心はない、という人間観を持っていました。あるのは利己心だけ。人は自分のために行動する。自然権に基づいて自由に振る舞った結果、人を傷つけたり殺しても構わない。社会のルールはないので何をやっても構わないはずです。
しかし、皆がこのように考えて行動すると、逆に人々は、自分もいつ誰に襲われてひどい目にあうかわからなくなる。利己心ばかりでは安心して暮らせない。自然権を持っているがゆえに自由勝手に振る舞えば、お互いに争いあって、おちおち眠れこともできない。これが「万人の万人に対する闘争」とホッブズが表現する状態です。
そこで人々は、自分が持つ自然権を誰か一人の人物に譲渡することにします。譲渡するとは、「あげる」ということです。「あげちゃう」ので人々は自然権を持たなくなる。人々から自然権を譲渡された人、これが国王で、国王は社会に対してルールを制定するので、「万人の万人に対する闘争」という状態は解消されます。また、国王は人々に対して好き放題に振る舞うことができます。このようにして、絶対王政は成立した、というホップスの理屈です。絶対王政で、国王が勝手気ままに振る舞っても、仕方がないということになります。
ホッブズは、16世紀前半の絶対王政を、このような理論で説明したのでした。
しかし、その後、イギリスではピューリタン革命で国王が処刑され、続く名誉革命では国民によって国王がすげ替えられます。
ホップスの理屈ではこのような革命を説明できません。名誉革命に対応する理論を考えたのが次に述べるロックです。