ロック、ルソーの時代、17・18世紀には啓蒙思想がヨーロッパで流行していました。この時代、まだ人々は様々な迷信や宗教的な縛りにとらわれていました。これに対して理性に基づいて、人々を迷信・無知蒙昧から解放しようとする思想が啓蒙思想です。特にフランスが中心です。この啓蒙思想が後のフランス革命を準備したと言っていいでしょう。
モンテスキュー(1689生)はフランスの思想家。著書は『法の精神』。三権分立を提唱しました。 当時、フランスでも絶対王政の国王が国民を支配していました。この王の権力をどうしたら制限できるのか、ということで三権分立を考えました。
王の権力を司法、立法、行政の三つに分割する。これを初めて考えたのがモンテスキューです。絶対王政の王は、自分で法を作り、自分でその法に基づいて行政権を行使し、自分で裁判をした。この中で法律を作る権力と裁判をする権力を、国王から取り上げようとしたわけです。
モンテスキューは三権分立を考えただけで、現実にそのような国はなかったわけですが、のちに、アメリカ合衆国がイギリスから独立した際、憲法にこの三権分立を取り入れました。 結果として、アメリカ合衆国はどんどん発展していった。これを見て、やがて各国は三権分立を取り入れていくようになりました。日本も形の上では、明治憲法で三権分立を取り入れています。現在の民主国家は三権分立を取り入れているのが一般的です。一方で、一党独裁である中華人民共和国など、三権分立を取り入れていない国もあります。
ヴォルテール(1694生)は、同じくフランスの啓蒙思想家です。フランス絶対王政最盛期のジャーナリストで、絶対王政を批判しイギリスに亡命します。イギリスは、すでにピューリタン革命と名誉革命を経ており、国王は実際には権力を振るわず、議会が政治を主導していました。イギリスの議会制度など進んだ政治制度を、「イギリスはこんなに自由がある!」と、ヴォルテールはフランスにどんどんと紹介をしました。
それはつまり、フランスの後進性、制度の非合理性を訴えることになるわけです。彼の文章を集めた本が『哲学書簡』です。彼は、ヨーロッパで最も有名な啓蒙思想家と言って良いでしょう。
ディドロ(1713生)もフランスの思想家です。彼が中心になって、啓蒙思想の百科事典である『百科全書』を編纂しました。多くの啓蒙思想家に、項目ごとに原稿を依頼しました。
ルソーも、この百科全書に原稿を書いています。啓蒙思想の事典なので、当然ですが絶対王政を批判しています。このような本は、フランス政府にとって都合が悪いので、出版の妨害をするのですが、政府の内部にも絶対王政を批判する人たちがいて、『百科全書』の出版を影で応援したりする。結局、出版されて多くの人が読むことになりました。この本は、のちのフランス革命を準備したと言ってもいいでしょう。