時間切れ!倫理

 192 ベンサム 2

 ちなみに、快楽が大きくなることがなぜ道徳になるかという点については、こんな話があります。
 ベンサムが友人と街を歩いていると、みすぼらしい物乞いの人がいた。「旦那様、お金を恵んでください」と言っている。普通に考えれば、物乞いにお金を恵んだら自分の快楽量が減りますね。だからベンサムはその物乞いを無視して通り過ぎると友人が思っていると、ベンサムは物乞いにお金をあげて通り過ぎて行った。友人は聞いた。「物乞いにお金を恵んだら、あなたの幸福量が減って苦痛が増えるのではないですか」と。ベンサムは答えた。「いや、あんな惨めな物乞いを見ている方が苦痛なのだ。お金を恵んでやった方が自分の中のモヤモヤが小さくなって快楽が増えるのだ」と。だからベンサムは功利主義が道徳の基準になると考えたわけですね。
 またベンサムの時代には、イギリスでは窃盗犯は死刑でした。これは少し刑が重すぎるとベンサムは考えた。ちょっとした犯罪で死刑になるということは、多くの人に不安を与える。結果として全体の幸福量が少なくなるのではないか。窃盗犯であれば懲役3ヶ月ぐらいが適当ではありませんか、というような提案もしています。

 快楽計算について。

 快楽の最大化が幸福の基準ですから、快楽の大きさを計算しましょうとベンサムは言う。人間が生きる上で様々な選択肢がある。その時に快楽量の多い方を選ぶべきだと考える。そのために快楽を計算する基準を考えました。
 1、快楽の強さ。例えばハンバーガーを食べたいと思った。マクドナルドとモスバーガーとどちらを食べようか。どちらを食べた方がより強く、美味しいな、ああ幸せだなぁと思うか。それを比べましょう。
 2、持続性。持続時間。食べた後に、「あー、おいしかったなー」という幸せな気持ちがどちらが長く続くか。v  3、確実性。どのくらい確実に快が得られるか。店に行ったら新商品が出ていた。美味しそうだな、食べたいなと思う。しかし新製品だから食べたことがない。確実に美味しいかどうかわからないのならば、今まで好きだった照り焼きバーガーの方がいいかなと比べてみる。
 4、遠近性。マクドナルドならば歩いて3分で着くけれども、モスバーガーは15分かかる。すぐに手に入るかどうかも考えなければならない。
 5、多産性。その快から別のあらたな快がどれほど生み出されるか。モスバーガーに行ってみたら限定商品が出ていた。クラスの誰も食べたことがないだろう。これを食べて明日クラスのみんなに自慢できる。ハンバーガーを食べるという快から、新たな別の快が発生するわけです。マクドナルドに入って定番のビッグマックを食べても、翌日みんなに自慢することはできない。これも考慮に入れる。
 6、純粋性。その快に伴う苦痛はどれほどあるか。モスバーガーの限定商品は、いつも食べているものよりも100円高い。高い分苦痛です。高いという苦痛を差し引いても残る、限定商品を食べた快楽はどれほどあるか。
 7、範囲。どれくらい多くの人に行き渡るかということも考えなければならない。マクドナルドとモスバーガーの比較では、ちょっと当てはまりません。例えば新型ウイルスの給付金。初めは政府の決めた条件に合う人だけに30万円を給付するという案がありました。しかし世論の猛反対を受けて、国民全員に一律10万円を給付することになりましたね。皆さんにも10万円給付されたはずです。明らかに後者の方が範囲が広い。一部の人に30万円よりも全員に10万円を給付する方が明らかに快楽量は多い。これが範囲です。
 最後の例でわかると思いますが、ベンサムの功利主義という考え方は、民主主義の社会にすごくマッチしています。彼は有名なこんな言葉も残しています。

 「最大多数の最大幸福」。

 快楽計算に基づいて社会の様々な法律や制度を構築すべき。できるだけ多くの人が、できるだけ多くの快楽を得られるように制度設計をした方がいいと考えます。民主主義の社会に非常に合っていることがわかりますね。
  政府が全員に10万円の給付金を配ると決めた時に、「最大多数の最大幸福」ということを考えたわけではないと思いますが、みんなが満足するような政治をしようと思うと「最大多数の最大幸福」ということになるわけです。

2025年8月13日

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