セン
セン(1933年生まれ)はインドの厚生経済学者です。社会全体の富を発展させて、全ての人が豊かに暮らせるためにはどうしたらよいか、ということを考えるのが厚生経済学。
ロールズは格差を是正するためにどうしたらよいかを考えた。ところでロールズはアメリカ人です。前提として豊かなアメリカ社会がある。ロールズが考えたような富の再分配は確かに良い考え方かもしれないけれども、インドのような発展途上国においては、再分配以前の問題がある。貧しい人が大学に行くお金がないという問題もあるでしょうが、それ以前に、小学校に行けない。朝4時に起きて往復2時間かけて家から一番近い水場に水を汲みに行かなくてはならない。一番近い小学校まで歩いて3時間かかる。通えるところに高校などはない。そういうところでは格差是正以前の問題です。
頭が良くて大学に行ける人でも、芸術的な才能がある人でも、それを伸ばす環境がそもそもない。学校に行けないから、その人が優秀な頭脳を持っているか分からない。芸術的な才能があるかどうかも分からない。天才的な作曲の才能があってもそれがわからない。100メートル10秒を切るような走力があっても、小学校に体育の授業がなければ、もしくはストップウッォチがなければ、そのような能力も見出されない。
センの学説のキーワードは潜在能力。格差是正以前に発展途上国においてはその人が持っている潜在能力がどれだけ発揮できるか。潜在能力を発揮できるような条件があるかどうかが問題なんですよ、という問題提起をした。より良い生き方を自ら選んでいく自由があるか。たとえば、親の決めた相手以外と結婚する自由が女性に認められているか。
「生き方の幅」を基準に、環境や能力の多様性に即した福祉のあり方をめざす。センはそのための財(資源・富)の分配が、厚生経済学の役割だとします。
※「潜在能力」というのは、…個人が基本財を使いこなして、自分の幸福を追求できる可能性のことである。…リベラル(自由主義者)であるロールズなどは、分配された財を各人がどう活用するかには立ち入ろうとしないが、センに言わせれば、そういうスタンスは福祉制度やそれに対応する公共インフラが発達している西欧先進諸国ではいいかもしれないが、開発途上国ではそうはいかない。だからこそ、「潜在能力」を高めて、自分で生活できるようにしておく必要がある。…財の分配を調整する以前に、各人が「善の構想」を立てるのに十分な「潜在能力」を持てるよう、教育、医療、公衆衛生、交通、流通網をなどを整えておかねばならない。ベンガル地方出身のセンは…潜在能力を高めるための環境が整っていないことが問題の根底にあることを指摘した。
センは「機能」と「潜在能力」を区別。「機能」…は、例えば、「良好な健康状態にある」とか「社会生活に積極的に参加している」といったこと、つまり、現にその状態にあること、あるいは現にその活動をしていることを指す。功利主義など帰結主義の倫理学・政治哲学・経済学であれば、現に「達成されている機能」から、その人や社会にとっての福祉の充実度を測ろうとするだろうが、センは「潜在能力」にこそ焦点を当てるべきだとする。「潜在能力」は、いくつかの選択肢がある場合、どの「機能」を達成するのかという自由選択を含意しているからである。(仲正昌樹『現代哲学の最前線』NHK出版新書、2020)
※「潜在能力」という概念は非常にとらえにくいのですが、貧困問題の研究者である志賀信夫氏は、「潜在能力を自由と訳す」とおっしゃっていました。”所得のみで貧困を捉える考えに対して、その所得でどれだけの自由を獲得できるか、を考えてみる。すると、自由を獲得する手段は所得だけかという問題が浮かび上がる。権利、差別など様々な問題に焦点を当てる必要があることがわかる。”つまりセンの功績は、貧困を所得の問題から解き放ったところにあるということでした。