時間切れ!倫理

 200 パース、ジェームス

 19世紀後半、アメリカで生まれた哲学の潮流がプラグマティズムです(語源はギリシア語「行為」)。
 プラグマティズムは、ドイツ観念論とちがってややこしいことは言いません。アメリカ人は、ヨーロッパから渡ってきて、先住民を追い払いながら未開の土地を開拓してきた人たち。彼らは観念的な議論にはあまり関心がない。どうしても実用的な発想が中心になる。役に立つかどうかが問題になる。

 パース(1839)が、プラグマティズム創始者。とはいうものの、あとで紹介するジェームスも、それ以外のプラグマティズムの哲学者たちも、大学町ボストンのサークル仲間たちで、、皆で議論をするなかからプラグマティズム哲学が生まれてきました。

 パースの考え方は次のようなものです。
 「思想の意味は、その思想にもとづく行為を通して明らかになる(プラグマティズムの格率)」。

 言ってることの意味はわかりますか。カントの認識論、つまり悟性がどうのこうの、道徳論、格率がどうのこうのとか、ヘーゲルの絶対精神がどうのこうのとか、様々な哲学者が色々なことを言っているけれども、その思想が正しいかどうかは、その思想に即して実行してみればわかる、その思想に基づいて実行してうまく行くならば、その思想はいい思想である。うまくいかなければそんな思想は捨てればいい。当たり前の話ですね。

 ジェームズ(1842)はプラグマティズムの代表的な哲学者です。著書は『プラグマティズム』。
 発想はパースと同じです。色々な哲学者が、これが真理だと様々な説を唱えます。それが使えるか、それが問題だよねと言います。実用主義を唱えます。「真理の有用性」から価値の問題を論じました。
 宗教の価値の話が有名です。神の存在について、それは人間の理性にはあるともないと結論づけることはできないとカントは言いました。議論をしても答えは出ません、という結論をカントは出した。
 一方、ジェームズにとって神が存在するかどうかはどうでも良い。神の存在の有無についての議論は不要。神様がいると信じている人がいて、そのことによってその人が幸福に生きることができるのであれば、神は存在する、が真理。
 神を信じないことによって、主体的に勇気を持って生きられる人にとっては、神は存在しない、が真理。
 その人にとってどうかが問題だという。本当に実用主義です。古代ギリシアのソフィストの価値相対主義、「人間は万物の尺度である」に少し似ているところがある。何が真理かはあまり気にしない、使えるか使えないかが問題。

 ※「実在論と唯名論の対立や唯物論と観念論の対立など、哲学の歴史上の主要な理論的対立などが、実際には知的な対立というよりもむしろ気質の対立だ、と喝破した。」(『世界哲学史6』伊藤邦武、ちくま新書、2020 p36)

2025年12月15日

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