実存主義のチャンピオンがニーチェですね。めちゃくちゃ有名です。皆さんも聞いたことがあると思います。ニーチェは1844年に生まれています。どんな人でも一番脂がのりきって活躍するのは40代前後だと思うので、ニーチェが最も活躍したのは1880年ぐらいと考えたらよい。他の人も皆同じ。そしてニーチェは1900年というキリのいい年になくなっています。
代表作は『ツァラトゥストラはかく語りき』。これは皆さんでもすぐに読めます。読むのは簡単。詩ですね。ツラツストラという人が山から下りてきて、街を遍歴しながら人々に説法を説くという形の話。そこに色々な思想が詰め込んである。
ニーチェは彼が生きていた当時のキリスト教に対して猛烈な批判を展開します。キリスト教は弱者のルサンチマンの宗教であり、その結果人々はニヒリズムに陥っていると説きます。ルサンチマン、ニヒリズムといったらニーチェです。
ルサンチマンとは直訳すれば「恨み」のこと。強者を妬み、観念の中で強者に復讐する「奴隷道徳」のこと。プリントには例として新約聖書の言葉を書いておきました。
「貧しきものは幸いである。」「金持ちが天国に行くのは、らくだが針の穴を通るよりも難しい。」
イエスは布教する時に、当時の人々の価値観を180度ひっくり返しました。彼は貧しい人、差別されている人たちに布教しました。彼らは貧しいがゆえに、ユダヤ教の戒律を守ることができない。そのために救いに値せず、天国に行くことはできないと考え、絶望に陥っていた。そこにイエスが現れて、「あなた達は幸せです」「あなた達こそが天国に行けます」と説いて、貧しい人々の信仰を集めた。そのことは前に話したことがありますね。
これは2000年前のユダヤ人社会では画期的なことでした。しかし19世紀後半のヨーロッパ社会において、ニーチェは「こんなのは嘘だろ」というわけです。彼は常識的な判断を下します。
貧しい者が幸せなわけがないじゃないか。キリスト教は貧しい者に対して、君たちは幸せだよ、と現実を偽っている。貧しいのならば立ち上がれ。富んでいる者に対して戦いを挑め。
豊かになるように頑張ってみるのが人間のあるべき姿なのに、本当は幸せではない人に対して、君たちは幸せだと説く。天国に行けるかどうかは分からないのに、君たちこそ天国に行けるのだと説けば、貧しい人々はそうなのかと思う、思いたい。俺達も天国に行けるのだ。あいつらは豊かな暮らしをして威張っていて、俺達を差別しているけれども、あいつらなんか天国に行けないんだ。僕たちだけが行けるんだと思う。
要するに弱者の恨みつらみをひっくり返して、心の中だけで「俺が勝っているのだ」「俺の方が幸せなんだ」と言っているだけ。これがルサンチマンから生まれる奴隷道徳。 私が幸せだと感じているならそれでいいのだ、と自分をごまかす。
人々はこんなふうに本当の人生の目標を失っていく。これがニヒリズム。虚無主義と訳しています。
今のキリスト教はこんな風になっているのだとニーチェは考えた。キルケゴールに言わせれば「あれか、これか」という決断の中で神と向き合うことをしていない。奴隷道徳にどっぷり浸かって、自分のことを客観的に見つめようとしない。要するに負け犬。
何を今さら神に頼っているのか。「貧しい者は幸いである」などと言っているのか。天国へ行けると信じているのか。
そう考えるニーチェは、「神は死んだ」といいました。19世紀において、キリスト教を信じていることは奴隷道徳に浸かっているだけなのだと。
奴隷道徳を捨てて、自分で価値を作りなさい。これが「力への意志」。
「力への意志」を持ち、「超人」を目指せ。これがニーチェの主張です。
突き詰めれば、その主張はキルケゴールと同じです。大衆社会の中で、その中の一人としてみんなと同じように教会に行き、ルサンチマンを抱きながら奴隷道徳を身につけ、何の目的も無くニヒリズムに生きている。それではだめだ。君はそこから抜け出して、大衆とは違う超人となれという。力強いニーチェの主張です。