時間切れ!倫理

 205 ニーチェ 2 

 さらにニーチェは永劫回帰を説きます。ある時、湖のほとりを散歩しているときに、ニーチェは突然、永劫回帰を悟りました。
 キリスト教の世界観では、神がこの世界を創造して歴史が始まる。そして時間は直線的に進んでいき、どこかで終末が訪れる。始まりがあり終わりがある直線として歴史=時間を観念しています。ところがある日突然、そうではないビジョンがニーチェに訪れます。
 時間は円を描くように永遠に回り続けている。大きな円のどこかで自分は生まれ、生きて、死んでいく。永劫回帰を繰り返すので、やがて自分はもう一度生まれ、同じことを繰り返す。同じ人生を繰り返す時に、自分はどうするのか。「これが人生か、よしもう一度」と、もう一度自分の人生に積極的に乗り出すべきだといった。
 「力への意志」ですからね。同じ人生であろうと、もう一度再挑戦をするわけです。運命愛という言葉で教科書には書かれています。この世に生まれてしまった自分からは逃れられないのです。もう一度時間が巡ってきて、自分がもう一度生まれる。その自分からも逃れることはできない。それは運命なのです。それを受け入れて、積極的に生きる。直線的な時間感を持っているヨーロッパ人にとって、こういう考え方は非常に珍しかったのでインパクトを与えたのだと思います。
 力強く、少し元気でる系の思想です。だから今でも人気がある。
 ニーチェの思想は力強く、「強く生きよう、超人を目指そう」という人には勇気を与えるのです。
 ただしニーチェは、超人を目指せと説きながら、超人がどんなものなのか具体的な説明はしていません。こんなことをやっているから大衆はだめ、だから君は超人を目指せ。こんなことを言っているから大衆はだめ、だから君は超人を目指せ。そういうことをニーチェは『ツァラトゥストラはかく語りき』で繰り返し繰り返し言っています。
 超人とは何かということはニーチェ自身も表現できない。ニーチェは自分が超人とは言っていない。彼も超人を目指しただけ。だから、超人の素晴らしさを強調するために、大衆を価値の低いものとして、下に下に押し下げた。大衆が下になればなるほど、超人は上に浮かびます。
 そのために差別的な構造がニーチェの思想には少しあります。一般の人々を差別して、超人が高貴なものであると表現する。平民に対する貴族のようなイメージです。

 話は飛びますが、ヒトラーはニーチェが好きでした。ヒトラーは自分が超人だと考えていたのでしょうか。それで何が行われたか。ユダヤ人を徹底的に押し下げることによって、ドイツ民族を高く持ち上げた。やがてユダヤ人大量虐殺までおこなった。ナチスの行いの責任がニーチェにあるのではないのですが、彼の思想には後にナチスが親近感を抱くものがあったのでした。
 ニーチェは大学の先生もやるのですが、病気になってやめてしまう。どうでもいいことではあるけれども有名な話なので言っておきますが、梅毒で死んでいる。すごく若い頃に女遊びをした時に感染して、長い間をかけて脳が侵されたようです。死ぬ前の10年ぐらいは完全に廃人です。妹の介護を受けながらなんとか生きている。彼が廃人になってから、その思想は注目を浴びて人気が出ました。
 言い忘れましたが、ニーチェの超人はキルケゴールの単独者なのです。孤独と向き合う実存主義は、よく似たな存在に向かう面があるのです。

2026年 1月20 日

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