時間切れ!倫理

 86 断食・喜捨・巡礼

 断食。イスラーム暦で断食月(ラマダーン月)があって、その月は断食します。ひと月断食したら死んでしまいますから、全く食べないわけではありません。太陽が昇ってから日が沈むまでの間は、物を口にしてはいけない。これが断食です。 だから学生も労働者も、日の昇る前に起きて、お腹に詰め込んでから出かける。日が沈んでから家に帰って、たらふく食べる。
 この断食月は、イスラーム教徒にとっては楽しいらしい。楽しいというのも変ですが、ムスリムにとって宗教的な自覚と連帯心が生まれる、そういう期間らしいです。今ラマダーンとしましょう。皆さんはムスリムです。日が昇っているからもう食べてはだめです。学校に行きました。昼が近づきました。お腹が減ります。しんどいな、ご飯食べたいな、と思って前後左右を見るとみんな同じようにお腹をすかせながら我慢をしている。あの子もこの子も自分と同じように、お腹が減っているけども我慢しているんだよな、そう思うとものすごい連帯感が生まれる。「一緒に乗り越えようよ、この空腹を!」という形で連帯感が深まるそうです。日が沈んだら食べても構わないので、仲間の家にみんなで食物を持ちよってパーティーです。お祭り騒ぎですごく楽しいそうです。イスラーム教はお酒がダメなので、お酒は飲めませんけれどもね。

 喜捨は、お金を持っている人、財産を持っている人は貧しい者に与えなさいということです。ケチケチして溜め込んではダメ、みんなのために使いなさいという。現在は分かりませんが、前近代においては機能していて、 イスラームの国に行くと、政府が何もしなくても、街の裕福な人たちの喜捨によって町の共同水飲み場や隊商宿や、礼拝施設などが非常に綺麗に整備されていました。

 巡礼はメッカにお参りに行くことです。今ならばジェット機に乗ってメッカに行くことは簡単ですが、19世紀までは命がけの旅行でした。全ての人ができるわけではないので一生に一度でいいから、できればやりなさいという行です。かつてはメッカへの巡礼を果たすと、地域社会から一目置かれたようです。
 資料集にメッカのカーバ神殿の写真があります。ここに向かって世界中のムスリムが礼拝します。巡礼の目的地もここです。この黒い四角いサイコロのような神殿の中に何があるかというと、何もない。空っぽです。イスラーム教の支配下に入る前は、このカーバ神殿の中にはアラブ人が信じていた様々な神様の像が置いてあった。ムハンマドがメッカを占領した段階で、この中にあった神々の像をぶち壊します。それ以来この中は空っぽです。
 イスラーム教が成立したてのころ、信者達が礼拝する時に、 どこに向かってしたらいいですかとムハンマドに聞きました。神様はどこにいるかわからないからね。そこでムハンマドはカーバ神殿に向かって礼拝するように決めました。この写真は巡礼月のようで、カーバ神殿の周りに人がたくさん集まっています。このカーバ神殿の一角には黒い隕石がはめ込まれています。ムスリムたちはこの黒い石を神の指先と言い伝えていて、巡礼者はこの黒い隕石に触れて帰ってきます。1000年以上にわたって人々が触ってきたので、この黒石はだいぶすり減ってくぼんでいます。カーバ神殿には黒い刺繍の入った布がかぶせてありますが、これは毎年交換されます。大阪千里の民族学博物館には取り替えられたこの布が展示してあります。興味があったら見に行ってみてください。
 今年はコロナのせいで、メッカを支配するサウジアラビア政府は巡礼を禁止しました。今年巡礼を考えていたムスリムたちは大変つらい思いをしていると思います。歴史上巡礼が禁止されたことはなかったのではないかな。

 2022年7月8日

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